カタストロフィ
ダニエルを抱えながら器用に扉を開けるミセス・グリーンヒルの言葉に頷き、ユーニスは子供部屋に足を踏み入れた。
クリーム色の壁にミントグリーンのカーテン、あとは最低限の家具だけがあるシンプルな部屋である。
「もう日が暮れてしまったから早く着替えないと風邪を引いてしまいます。とりあえず私の服をお貸ししますので、そこの衝立の後ろでお待ちください。お着替えをしている間に、先生のお部屋に夕食とバスタブを運びます。さすがに今夜はお風呂に入りたいでしょう?」
「まあ、よろしいのですか?」
「もちろんですとも。ささ、衝立の後ろへ」
言われるがままに移動しようとしたら、今日一番の激痛がユーニスのふくらはぎを襲った。
「いっ!!」
バランスを崩して強かに体を打ちつけたユーニスに、ミセス・グリーンヒルが慌てて駆け寄る。
「どうなさいました!?」
「あ、足が……先ほど、ふくらはぎをつってしまったみたいで」
「すぐにお医者様を呼んで参ります」
「そんな大袈裟な!放っておけば良くなりますわ」
「脂汗をダラダラ流しながら何を仰いますか!
さ、こちらのスツールにお座りください。両手を伸ばして私にしっかり掴まってください」
部屋の隅からユーニスに側にスツールを持ってくると、ミセス・グリーンヒルはテキパキとユーニスを座らせた。
「お風呂はダメかもしれませんわね。その場合は体をお拭きして、お髪だけ洗いましょう。着替えを手伝うメイドも何人か必要だわ。では先生、そこから動かずにお待ちくださいね」
ビシッと言い置くと、ミセス・グリーンヒルはスカートを揺らして足速に医者を呼びに行った。
子供部屋の扉が閉まり、図らずともダニエルと二人きりになる。
彼が起きていなくて良かった、と安堵したその時だった。
「足、痛そうだな」
ポツリと呟かれた声に、ユーニスは顔を上げた。
「ダニエル様!?いつお目覚めに……」
「お前に抱き抱えられて屋敷に戻って、ミセス・グリーンヒルに見つかった辺り」
「なぜ狸寝入りなんかなさっていたのですか」
「起きたらまた説教されるのが面倒くさくて」
ダニエルの気怠げな声に思わず脱力しそうになる。
「それよりも、見たのか?」
「何を?」
「僕の肌だ」
咄嗟に脳裏に浮かんだのは、凸凹に隆起した鞭の跡だった。
まだ成長途中の華奢な体に絡みつく傷の数々を思い出し、ユーニスは苦々しい思いで肯定した。
「はい」
「どういう経緯であの傷がついたのか、聞かないのか」
「ダニエル様にとっては辛い記憶でしょう。わざわざ聞き出し、心の傷を抉るような真似はしたくありません」
「……そうか」
「少々お待ちください。見て頂きたいものがあります」
一番上に被っている黒衣を脱ぎ捨て、ブラウスのボタンを次々と外す。
衣擦れの音に何を思ったのか、ダニエルは怖々と尋ねた。
「ま、まさか、服を脱いでるのか?」
「はい。ダニエル様、ご不快かとは思いますが、ご覧くださいませ」
あっけらかんと頷き、ユーニスはコルセット一枚になった姿で衝立から現れた。
痛めた右足を庇う様に歩いている為、いつもよりだいぶゆったりとした動きである。
健康的な細さの背中をダニエルに晒すと、はっきりと息を呑む音が聞こえた。