カタストロフィ
ユーニスの背中には、酷い火傷の痕が残っていた。
積もりたての雪のように白い肌には似つかわしくないその痕は、赤黒いグロテスクな染みとなり、コルセットから飛び出ていた。
「この通り、私も、一生消えない傷を負わされた経験があります。だからこそ、詳しい事は聞きません」
「……も」
「何か仰いましたか?」
「今も痛むのか?」
ダニエルの声は、今にも泣きそうなほど湿り気を帯びていた。
敢えて振り向かず、再び衝立の後ろに戻り、ユーニスは脱ぎ散らかした服にまた袖を通した。
「最近はあまり。冬になると少し痒くなるくらいですわ」
「……そうか」
濡れた服をまた着る気持ち悪さに身震いし、ユーニスは小さくくしゃみをした。
「バカだな。なんで僕を助けたりなんかした?このまま風邪を引いて肺炎にでもなったらどうするんだ」
「言ったでしょう、どれだけ生意気で腹立たしくとも貴方は私の教え子だと。でも、そうね、師弟関係うんぬんの前に、もっとやらなければいけない事がありましたね」
話しが読めないのか、ダニエルは戸惑ったように口をつぐんだ。
「ダニエル様、私の事は女家庭教師と思わなくてけっこうです。代わりに、歳の離れた友人とでも思ってください」
「は??」
一体何をどうしたら友人のポジションに行き着くのか、本気でわからなかったダニエルは疑問の声を漏らした。
「まずは私という人間について知ってもらいたいのです。その為には、友人というフラットな関係になった方が良いかと。私は信用出来る、貴方がそう判断してくださったその時に、女家庭教師として貴方に教えましょう」
「僕がお前を友人と遇したら、その分だけ勉強が遅れると思うぞ」
「かまいませんわ。まずは貴方の信用を得なければ始まりませんもの」
「そもそも僕は友人なんか必要としていない」
「最低一人はいた方が良いですわ。人生の充実度合いが変わります。という訳で私と友人になりましょう」
「お前、変な奴だな」
呆れたような声を出し、ダニエルは衝立の向こうにいるユーニスに容赦なく突っ込んでいった。
「それって、自分と仲良くすれば人生が充実するって言っているようなものだぞ。どれだけ自信家なんだよ」
「変人扱いも自信家扱いも慣れております。それよりも、お前ではなくユーニスとお呼びください。友人ならファーストネームで呼ぶものですわ」
「待て、いつ僕がその話しに同意した!?」
「する流れでしょう、これは」
「早まるな!まだ同意していない!だいたい先生と呼べとか、言葉遣いがなっていないとか散々言っておいていきなりなんなんだ!?」
「そこはほら、友人関係ともなれば堅苦しいのは無しにしないと。それとも、女家庭教師としてビシバシ接する方がよろしいでしょうか?そちらをご希望であれば、今すぐ友達になろう作戦は中止しますわ」
明るくそう言い切れば、ダニエルは言葉を詰まらせ、小さく唸った。
「……それも嫌だ。わかった、仕方ないからお前を友達にしてやる」
「ありがとう存じます、ダニエル様」
渋々といった声がおかしくて、ユーニスは思わず笑い声を漏らした。
「ダニエルと呼べ」
「え?」
「友達に様づけするやつなんていない。言葉も崩せ」
相変わらず偉そうな物言いだが、ダニエルなりに歩み寄ろうとしているのが伝わってきて、ユーニスの顔は緩んだ。
「わかったわ、ダニエル」
ユーニスがそう返事をすると同時に、子供部屋のドアがノックされた。
「フレッチャー先生、開けますよ」
どうやら、ミセスグリーンヒルが医者を連れて戻ってきたようである。