カタストロフィ
「ユーニスはどんな本を読むんだ?」
「私?どんなジャンルでも読むわよ。特に苦手な分野はないわ」
「え、じゃあ恋愛ものとかも読むの?」
「流行り物には一応目を通しているわよ」
意外と言わんばかりに目を丸くするダニエルに、ユーニスはいささかムッとした。
「何よ、その反応。一応私だって妙齢の女性よ!」
「全然興味ないと思ってた。恋人もいる気配がないし」
「あのね、住み込みで働く人間が恋人を作るとなったら生活圏内じゃないと厳しいじゃない。そして私の職業を考えてご覧なさい。さらにハードルが上がるわ」
メイドや下男よりは立場が上だが、さりとて貴族ではない。
女家庭教師とは、社会的に大変微妙な、そして不安定な立ち位置にいる。
下を見ても上を見ても、釣り合いの取れる立場の人間がいないのだ。
「いくら貴賤結婚が増えてきたといったって、その組み合わせのだいたいは裕福な平民と落ちぶれた貴族、あるいはさらなる上昇を望む貴族よ。どれだけ敬意を払われたって、所詮使用人に過ぎない私じゃあ貴族との結婚は現実的じゃないわ。だからって生活レベルを下げて下男なんてのも嫌。だから恋愛は小説の中だけでいいの」
投げやりに、しかしきっぱりと言い切るユーニスの言葉を受け止め、ダニエルは得心したように頷いた。
「なるほどね。確かに、言われてみたら女家庭教師って独身ばかりだな」
「そもそも忙しくて恋愛なんてする暇ないもの。というか、私に言わせれば恋愛なんて心とお金に余裕のある者だけが楽しめるものだわ。下々の人間はどっちも満たされない事が多いから、そんなものにうつつを抜かしていられないのよ」
お金はともかく、心に余裕はないと自負しているユーニスは、やさぐれたように鼻を鳴らした。
刹那、馬車の中に沈黙が広がる。
(あれ、私まずい事言ったかしら?)
恐る恐る向かいに座るダニエルに視線を向ける。
ユーニスより頭二つ分背が低い彼を見下ろすと、ダニエルは鮮やかなブルーの目を見開いていた。
「……ユーニスって、本当に変わってるよね」
しばしの静寂の後、ダニエルがボソッと呟く。
女学校時代、なんなら両親と過ごしていた時にも散々同じ事を言われた為、ユーニスは自分の感性がどこかズレていることはそれなりに自覚していた。
「そうらしいわね」
「うん、すごく変だよ。でも、とても面白い。今の、恋愛は心とお金に余裕がある者の特権発言、かなり響いた」
いまだ夢見心地といった感じでフワフワしているダニエルだが、馬車が街中に入り、ゆるやかに減速し始めてからは現実に戻っていった。