カタストロフィ
「メアリー様ではなく、ダニエル様の?確かダニエル様は……」
「もうすぐ11歳になる。あれは体が弱くてな、パブリックスクールに入学するギリギリまで家に置いておく事にしたのだ」
「左様でございますか。しかし、そのお年ならチューターの方がよろしいのでは?」
ユーニスが指摘した途端、ジェイコブは苦々しい表情になった。
「女家庭教師でなければダメだ。あれは筋金入りの天の邪鬼で、これまでまともに勉強というものをして来なかったのだ。基礎的な知識がまったくないのに、チューターなど雇えるか」
「まあ……」
「それに、若干11歳にして強烈な人間嫌いだ。特に女家庭教師を毛嫌いしている。一体何人の女性が、あれの嫌がらせに心を病んで辞めていったことか」
「……なるほど、それは確かに100ポンドを頂くだけの価値はありそうですわ」
まだジェイコブの話を聞いただけだが、これはとんでもなく手強そうな相手である。
大人に不信感を持ち、屋敷から追い出そうとする貴族の子供を教えたことは過去に一度だけある。
その時よりも酷くなければ良いと願いながら、ユーニスは雇用契約書にサインをした。
「本日をもって、君はシェフィールド伯爵家の女家庭教師だ。来月の一日に馬車と従僕を遣わせるので、荷物をまとめておきなさい」
「かしこまりました、御主人さま」
次の就職先が決まったことにこっそり安心しつつ、ユーニスは一礼してジェイコブの書斎から退室した。
そしてまだ見ぬ厄介な教え子についてしばし考えた後、すぐには帰らず、シェフィールド家の料理人とメイド長に面会を申し込んだ。