カタストロフィ


床と本をダメにした事を平身低頭でひたすら謝り、後日シェフィールド家が本と床を弁償することを約束し、ユーニスは貸本屋を出た。
伝染病に罹患していないことを何度も確認し、そのたびにユーニスに違うと即答され、そのやり取りを数えきれないほど重ねてから店主は深くため息をついた。

「本当に、チフスとかではないのですね?なら、良いのです。床はともかく、本は絶版のものですからね。入手には手こずるかもしれませんが、ご用意くださるのなら今回のことは水に流しますとも。それより、ダニエル様に伝言をお願いします。お身体が良くなったら、また遊びにいらしてくださいとお伝えください」

店内の清掃のため早々に店仕舞いをする羽目になったが、それでもリップサービスを欠かさないあたり、この店主は商魂たくましい。

(この場合って、どなたに報告と相談をすべきなのかしら?弁償問題なのだから、ミセス・グリーンヒルではないわよね?)

執事のブルスキーノか、家令のハワードか、どちらかに聞けば良いだろう。
馬車の前では、やや顔色が良くなったダニエルがユーニスを待っていた。

「ダニエル、気分はどう?」

「もう大丈夫。それよりも、ハンカチをダメにしてごめん。それに、本や床も……」

すっかり落ち込んで視線を落としたダニエルは、ユーニスの洋服の袖についた汚れに気づきさらに深く項垂れた。

「服まで……」

「ちょっと待って!これは私が勝手に拭いただけなんだから、貴方が責任を感じる必要はないわ。それに吐きたくて吐くわけじゃないもの。あまり気に病まないでちょうだい。店主も体調が良くなったらまた来てほしいって言ってたわよ」

「……」

「私の方こそ、謝らなくちゃ。約束を破ったわ。本当にごめんなさい」

「いや、いいんだ……」

他にも言いたいことがあったのかもしれない。
しかし言葉が見つからないのか、どう切り出せば良いのかわからないのか、ダニエルは物言いたげにユーニスを見てもそれ以上は何も言わなかった。

「ユーニス、帰ろう。今日は体を休めて、読書と勉強は明日からにしよう」

「そうね、そうしましょう」

爽やかな夏の風が吹きさすび、ユーニスの後れ毛を揺らした。

(夏の盛りなのに、色鮮やかなこの町の風景がセピア色に見えるわ。全部、色褪せて見える)

街に来た時とは打って変わって、重苦しい沈黙を抱えながら二人は帰路についた。

< 21 / 107 >

この作品をシェア

pagetop