カタストロフィ
語らう者たち
「暑い!ユーニス、せっかく街に来たんだし、アイスクリームでも食べて帰ろう」
道中ずっとイライラしていたダニエルが、ついに癇癪を起こした。
8月の頭、モンテ・クリスト伯を読み終えた二人は街の貸本屋を訪れた。
ここ数日やけに暑い日が続いていたが今日は格別で、暑さに弱いダニエルは朝から不機嫌である。
ユーニスも、表情にこそ出さないものの暑さは苦手であるため、力なく賛成の意を示した。
「そうね、どこかで涼まなきゃバテちゃうわ」
「あっ、露店がある!」
川沿いに何店かアイスクリームの露店があるのを見て、ダニエルの顔に生気が戻った。
今にも駆け出しそうな彼を制止し、ユーニスは注意深くすべての露店を観察した。
「ちょっと待って……あそこ、一番端っこにあるお店にしましょう」
「あまり客がいないみたいだけど?」
「確かに回転率は高くないわ。でもよく見て。あのお店だけ、皿洗い用に人を雇っているわ。アイスクリームの器だけじゃなくて、使っている器具もこまめに洗っているから清潔よ」
ユーニスの言を受け、ダニエルも露店の様子を見比べた。
確かに、他の屋台は前の客が使ったグラスにサッと水をかけるだけできちんと洗っていない。
酷いところだと、唾液がついたグラスを洗うことなくアイスクリームを盛って次の客に提供している。
「なるほど、ユーニスの言う通りだな」
食べる前に見るものでは無いなと呟き、ダニエルは他の店には目もくれず一番端にあるアイスクリームの屋台に向かった。
「私、ブルーベリー味がいいわ。ダニエルは?」
「僕は桃にする。釣りは取っておけ」
注文を取りにきた少女の掌にシリングを一枚落とすと、アイスクリームをよそっていた男が大きく目を見開いた。
「坊や、どこかの良家の子息かい?」
「そうだが、しがないヤンガーサンだぞ」
「だとしても、俺たちに比べりゃよっぽど良い暮らしだ。いいかい、うちのアイスクリームは一律2ペニー、チップにしちゃあ額がでかすぎるよ」
律儀に釣りを出そうとする店主を止め、ダニエルはアイスクリームのケースを覗きこんだ。
「僕に小銭を持てと?ポケットが重くなるじゃないか、いいから取っておけ。それでも悪いと思うなら、アーモンドのアイスクリームもつけてくれ」
その言葉に目を潤ませた店主は、ダニエルとユーニスのカップにこんもりとアイスクリームを盛った。