カタストロフィ
「人間恋をすると変わるものですねぇ」
生暖かい目で見下ろしてくるアンに、ダニエルはギョッとした。
「な、どういう意味だ!」
「坊っちゃまは本当にわかりやすい。この屋敷に勤めて日が浅いあたしですら、坊っちゃまのお気持ちはわかりますよ。ミス・フレッチャーに懸想していらっしゃるのでしょう?」
あたしですら、という言葉尻に冷たい汗が額を伝う。
感情を抑えるのが苦手だという自覚はあったが、ここまで致命的に下手だとは思ってもいなかった。
「他に気づいている人間は?」
「ミセス・グリーンヒルとダニエル様付きのメイドは全員。ああ、皆さん口が堅いですから外部には漏らしていませんよ。ただ、ブルスキーノさんは怪しんでます」
「っ!そうか、そのまま秘密にしておいて欲しい」
「いくらこちらが黙っていても、ダニエル様の態度を見れば一目瞭然なんですけどね」
その通りすぎてぐうの音も出ない。
どうすれば良いかわからず、ダニエルは深いため息をついて空を仰いだ。
9歳も離れている上に、相手は女家庭教師だ。
淡い憧れくらいならまだしも、はっきり恋情とわかる気持ちを彼女に向けていると、もし父に知られでもしたら……。
(このままだとまずいな。ユーニスは仕事を失うだけじゃ済まないかもしれない。僕に手を出したと噂を流されて、もう二度と働けなくなるかも)
欲しいものはなんとしてでも手に入れるのがダニエルのモットーである。
今夜の晩餐会で、勝負を仕掛けるしかない。
ユーニスの隣に並び立てられる、それでいてシェフィールド家の家名も汚さないで生きていく選択肢を見つけたのだ。
「アン」
「なんでしょう、坊っちゃま」
「僕はユーニスが欲しい。このまま彼女を目で追うだけで終わるつもりもない。必ず、必ず手に入れてやる」
それは心情の吐露というより、自分を鼓舞するような声音だった。
自らを奮い立たせて何かと戦おうとする彼を前にして、アンは静かに頷くのみであった。