カタストロフィ
「父上、お時間をくださりありがとうございます」
晩餐会の翌日、ダニエルは父ジェイコブ気に入りの温室に呼び出された。
社交シーズンが終わる少し前に、二人だけで話しをする機会が欲しいと手紙を送ったため、早くもその時がやって来たのだ。
「ブルスキーノ、お茶を淹れたら下がりなさい。後は自分でやる」
「かしこまりました」
当たり前のように人払いをするジェイコブの性格が変わっていないことに、ダニエルは内心感謝した。
使用人はいないものとし常に側に控えさせるのが貴族の常である。
しかしジェイコブは慎重な性格であるため、込み入った話しをする時は必ず使用人がいないところで済ませる。
彼らも人間である以上、うっかり口を滑らせて秘密を漏らすかもしれない。
人間、見聞きしてしまったことを無かったことには出来ないと以前語っていたことを思い出し、ダニエルは用心深い父を密かに尊敬した。
「ここ最近、お前には驚かされてばかりだ。いきなりフランス語を学び始めたと思ったら、乗馬や数学にも手を出し、極めつけはあのヴァイオリンときた」
「どれもフレッチャー先生のご指導の賜物です。良い先生を探して来てくださり、父上には心の底から感謝しております」
「ふむ、高い給金を支払っただけの価値はあったようだ」
まだ暖かさが残る紅茶を一口含み、ダニエルは唇を湿らせた。
これから自分が言う事は、父の不興を買う可能性がある。
しかし、今行動を起こさなければ欲しいものは何一つ手に入らない。
(勇気を出せ!!)
緊張からテーブルの下に収まっている足が震えるが、ダニエルは決死の思いで切り出した。
「実は、父上にお願いがあります」
「ほう?」
一体何を言い出すのかと興味深そうな表情をしているが、その心はまったく読めない。
「またわがままを言うようになったか。元気が戻ってきたようで何よりだ。言ってみなさい」
「留学をお許しください。僕はパブリックスクールには行きたくありません。音楽の道で食べていきたいのです」
とうとう、言ってしまった。
緊張、高揚感、恐怖、興奮、様々な感情が入り乱れ、冷や汗となってダニエルの首筋を伝う。
「ヴァイオリニストになりたいのか?」
「はい。僕の天職だと思っています」
これはこれで、茨の道である。
いつの時代も、どこの国でも、音楽を生業に食べていける人間は驚くほど少ない。
貴族階級出身となると、その出自の珍しさから先立に目をつけられることもあるだろう。