カタストロフィ


「一般的には、お前のようなヤンガーサンは、軍に入るか手堅く品位を保てる仕事に就くものだ。医者、官僚、教師、研究者、こういった仕事は考えなかったのか」

そこを突っ込まれるのは想定内である。
予想通りの質問が来た事で落ち着きを取り戻し、ダニエルは深く頷いた。

「どれも興味がありません。確かに音楽家は品位を保てる仕事とは言えないでしょう。しかし、僕は自分の才能を確信しています。向いているかどうかもわからない、やりたくも無い学問に時間を費やすよりも、出来ることがしたいのです」

ジェイコブの目線は斜め上を行ったり来たりしている。
機嫌を損ねたのではなく、頭の中でダニエルの希望を通すか検討し始めたのだ。

それに気づき、ダニエルはさらに説得の言葉を連ねた。

「僕がこんなわがままを言えるのは、まさに三男だからです。だって、レイモンド兄様に何かあっても、マーカス兄様がいらっしゃる。ならば僕は、二人よりもさらに自由な職業選択が出来るはずです」

「……」

「父上、お願いします。僕は自分の才覚だけで生きたい。誰かに従うでも、何かに属するでもなく、僕自身にのみ従って生きたい。一度人間としての尊厳を失うような体験をしたからこそ、これだけは譲れません」

唐突に、《嗚呼、僕は強くなったのだ》と実感が湧いた。
自分の希望を通すためなら、あんなに嫌悪し恥じていた過去を切り売り出来る様ようになったのだ。
シェフィールド家のタブーを持ち出して来た事に驚いたのはダニエル本人だけではない。
ジェイコブもまた、息子の見せた強かさに驚いていた。

「そうか、そこまで……」

苦渋に満ちた表情で目を閉じたジェイコブをじっと見つめ、ダニエルは緊張と戦いながら答えを待った。
沈黙は、想定していたよりも早く破られた。

「わかった。留学を許そう」

「ありがとうございます!!」

にわかに声が弾んだダニエルだが、ジェイコブが浮かない表情であるのに気づき、浮かれた態度をすぐに引っ込めた。

「何かご懸念でも?」

「4年前、もし私がお前の訴えを素直に聞き入れていれば……」

その時ダニエルの思考はピタリと止まったが、内心では様々な感情が浮かんだ。
典型的な貴族らしく、子供の教育は使用人に任せて我関せずの姿勢を取っていた父が後悔していることへの驚き。
何を今さら、という呆れと怒り。

そして、三男に過ぎない自分を気にかけてくれていたことの嬉しさ。

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