カタストロフィ
「父上、もう終わった事です。もしこうだったらなどと考えたところで、現実は変わりません」
考えがまとまらぬうちに口を開いたからか、強張った声ときつい言葉が飛び出た。
生意気と思われるかもしれないと思うも、ダニエルはその心配を即座に否定する。
今なら、本音で語り合える気がするのだ。
「ご安心ください。僕は父上も母上もお恨み申してなどおりません。あの頃の僕は確かにどうしようもない悪ガキでしたから、父上が僕の言うことを信用出来なかったのも致し方ないことです。それよりも、僕は嬉しかった。父上がそのように後悔するほど、僕を想ってくれていることがわかって」
「当たり前だ。親ならば、子供を気にかけるものだ。ましてやお前は、私が傷つけたも同然なのだから……」
ジェイコブの弱々しい声や項垂れた姿に、ダニエルは胸が締めつけられた。
「お前の言う通りだよ、ダニエル。レイモンドは嫡子である以上、生き方を選ぶことは出来ない。マーカスも、レイモンドに跡継ぎが生まれるまでは私たちの近くで過ごしてもらわねばならない。完全に自由な生活が出来るのは、お前とメアリーくらいだ」
やりたいことをやるがいい、と呟いたジェイコブの声には涙が滲んでいた。
(やった!ついにやったんだ……!!)
両親から、シェフィールド家から自立する大きな一歩を踏み出したことを感じ、ダニエルの胸に熱いものが込み上げた。
生まれてから一度も感じたことの無かった、人生の展望や自由に生きる未来をその小さな身で実感し、歓喜に体を震わせた。
生き方を自分で決めることの心地良さは想像以上で、知る前の自分にはもう戻れないだろう。
「ダニー、他には何も望みはないのか?」
久方ぶりに聞く幼い頃の愛称と、ジェイコブの甘やかな声に浮かれ、ダニエルはよく考えることなく希望を口にした。
「ではあと一つだけ。父上、フレッチャー先生に夏物のドレスを贈って差し上げたいです」
「ドレスを?」
怪訝そうに目を細めるジェイコブに臆することなく、ダニエルは深く頷いた。
「はい。当家に来てから、先生は夏物のドレスが2着もダメになりました。1回目は僕が池に落ちた時に助けてくださって、2回目は体調を崩して吐いた僕の吐瀉物がかかってしまって……僕が無理をしたせいで、先生の今年の俸給は少し減ってしまったでしょう?だからせめて、ドレスの弁償をと思ったのです」
「そうか、そういう事情があったのか」
得心したようにぼやくジェイコブに、ダニエルは首をかしげた。