カタストロフィ


「フレッチャー先生、僕は貴女ほど美しい女性を見たことがありません」

あまりに唐突なその言葉に固まったのはユーニスだけではない。

扉越しに聞き耳を立てていたダニエルもまた、思考停止していた。

「仰っている意味がわかりませんわ」

(あの声は気まずさを取り繕う時のものだ。相当混乱しているんだな。いや、そうじゃなくて、兄さんはなぜあんなことを?)

自身の混乱には気づくことなく、ダニエルは息を潜めてレイモンドの答えを待った。

「その容姿のことではありませんよ。確かに、貴女は目が覚めるような美貌の持ち主だが、僕が美しいと感じたのはその心です」

「心?」

「ええ。貴女ほど生徒に寄り添い、子供の成長を我がことのように喜べる女家庭教師(ガヴァネス)はそういない。ただの仕事ではなく、誇りと歓びをもって教鞭を取っているのがわかる。だからこそ、強烈に輝いて見えるのです」

(え、待て待て、この空気はなんなんだ!?)

情熱的な言葉を連ねるレイモンドの意図が読めない。

額面通りユーニスの職業意識の高さへの賛辞と受け取れば良いのか、それとも……?

「私の容姿ではなく、心映えを美しいと評したのは、貴方が初めてです。レイモンド様」

どうやらレイモンドの言葉はユーニスのハートを射抜いたらしい。

照れたような、恐縮したような声しか聞こえてこないが、喜んでいるのは顔を見ていなくてもわかる。

(なんでそんなに嬉しそうなんだよ。あんな薄っぺらな言葉で喜ぶなんて!)

熱いものを飲み込んだ時のように、胃のあたりがカッと熱くなる。

(ユーニスの美しさは外見だけじゃないことは、僕の方が知っている!あいつより、いやこの世の誰よりも僕が一番ユーニスを知っている!)

全身に流れる血がマグマに変わったのではないかと思うほど、ダニエルの心は鮮烈な熱とドロドロした何かに侵されている。

そもそもダニエルの思考はだいぶ傲慢である。

彼はユーニスの恋人でもないし、なんなら恋愛対象になるかすら怪しい。

しかし、分不相応である自覚など一切ない彼は、ただひたすらにドス黒い嫉妬心をその小さな身体にため込んだ。

それ以上二人のやり取りを聞いていられず、ダニエルは気配を殺してその場を立ち去った。

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