カタストロフィ
ユーニスとレイモンドの親しげな様子に不快感を覚えるも、その感情の名前がわからぬまま幾日かが過ぎた。
留学を知らせたらジェーンは泣いて半狂乱になったと聞き、やはりと思うのと同時に、ダニエルは父に全て任せて良かったと安堵する。
次は入試準備をしなければと段取りを考えていたある朝、ダニエルは朝食後に父の書斎に呼ばれた。
「父上、僕です」
「おお、入りなさい」
使用人たちにお茶を淹れさせるなり人払いをし、ジェイコブは弾んだ声で切り出した。
「ダニー、よく聞きなさい。新しくヴァイオリンの先生が来ることになった。一昨年までパリ音楽院で教授を務めていた、アドルフ・ブロシュ氏だ」
「ほ、本当ですか!?」
アドルフ・ブロシュの名は聞いたことがある。
幾人もの有名なヴァイオリニストを育ててきた
名教師だ。
「ブロシュ氏は退官後、クリーヴランド公爵家のご子息たちの音楽教師をしているが、その契約がもうすぐ終わる。次の仕事が決まっていないと聞いたので、我が家に来てもらうことにした」
「父上、なんとお礼を申し上げれば……」
「あれから何度も考えたが、やはりお前の言う通りだと思ったのだよ。爵位を継がないお前には、より自由に生きる資格がある。それに、あれだけ素晴らしい演奏が出来るんだ、演奏家として大成するのも時間の問題だろう。投資する値打ちは十二分にある」
純粋な親心だけで応援するわけではないと目を細めて笑うジェイコブに、ダニエルは苦笑した。
我が親ながら、したたかである。
しかし、ただの打算ではないのも事実。
嫡男以外の子供にも等しく愛情を注いでくれる父に、ダニエルは心から感謝した。
「必ずやご期待にお応えします」
「うむ。ところで、ブロシュ氏に師事して留学の準備をするとなると、フレッチャー先生の仕事がなくなるな。私としては、違約金を支払い紹介状を書き、次の就職先を用意することで埋め合わせが出来ると考えているのだが」
「父上、その事ですが僕から提案があります」
留学の話しを切り出してからずっと、ダニエルはユーニスの身の処し方について考えた。
ジェイコブが指摘した通り、このまま留学に行くとなるとユーニスの仕事がなくなってしまう。
なんとしても、ユーニスには手の届く範囲内にいてもらわなければならない。
その為に出来ることは何か考えた結果、ダニエルはユーニスをシェフィールド家に留めおく策を思いついたのだ。