カタストロフィ
「フレッチャー先生をメアリー付きの女家庭教師になさっては?」
「メアリー付きか……」
メアリーは今年8歳、そろそろ乳母ではなく教育係が必要な年頃である。
この辺りには女子寄宿学校がない。
また、使用人たちに探らせたところ、少し離れた街にある女子寄宿学校のカリキュラムはジェイコブが満足するものではなかったらしい。
よって、メアリーが親元を離れる可能性は低い。
(ならば父上はメアリーに女家庭教師を用意するはず。ユーニスなら僕を手なづけた実績があるから申し分ないはずだ。それに多芸多才な彼女を引き続き雇えば、メアリーの成長後に新たに音楽や美術の先生を雇わなくて済む。無駄な出費を嫌う父上のことだ、何人か雇うよりもユーニス一人に任せた方が良いと思うだろう)
そして何より、目論み通りユーニスがメアリー付きになれば、メアリーが年頃になるまでシェフィールド家に留めておくことが出来る。
メアリーが社交界にデビューするまでにおよそ10年、早くても7年はかかるだろう。
今の時点でもユーニスは結婚適齢期からやや遅れているが、それだけの時間をシェフィールド家で過ごせば、世間的には立派な生き遅れになる。
どれだけ彼女が美しくとも、その歳まで独り身だった女性を娶る男が一体何人いることか。
おまけに、ユーニスの恋愛観はシビアだ。
彼女と釣り合う身分の男というだけでも、かなりふるいにかけられる。
「だがメアリー付きにしてしまったら、何年もこの家に縛り付けることになってしまう」
「その点については大丈夫かと。以前将来の話しをした時に、先生は結婚にご興味が無いとおっしゃっていましたから」
ユーニスの将来を心配するジェイコブに、ダニエルは顔色一つ変えずに嘘をついた。
「この仕事を天職と思っていらっしゃいます。だからこそ、あんなにも熱心に僕を教育してくださったのです」
「確かに、普通の女家庭教師とは違い大変熱心な方だ。それに先進的で聡明でもある。なるほど、メアリーには良い手本かもしれない」
考えこむジェイコブを見て、ダニエルは期待が顔に出ないように必死で堪えた。
個人的な思惑からユーニスを引き続き雇うよう誘導したとバレたら、何もかも終わりだ。
「よし、明日にでもフレッチャー先生をお呼びし、メアリー付きになってくださるよう話しをしよう」
「僕がこんなに変わったのです。メアリーにも良い影響をもたらしてくれるでしょう」
首尾良くことが運び、ダニエルは上品に微笑みながら内心喝采した。