カタストロフィ
「……貴方の才能は私が一番良くわかっているつもりよ。きっとうまくいくわ」
大人気ないとわかりつつも、ユーニスはそっけなく答えた。
彼の眼差しを避けるように、目線が下に落ちる。
「怒ってる?」
伺うように低く囁くダニエルに、ユーニスは咄嗟に否定した。
「違うわ!ただ、その……何も相談が無かったのが寂しかったのよ。だって、私たちはただの師弟関係じゃないわ。そうでしょう?」
友人になろうと言い出したのは自分からではあるが、もはやその言葉も相応しく無いのではないかと思う。
似たような経験をし、近しい価値観を持つ、異なる立場の2人を形容するに相応しい言葉はすぐには見つからない。
強いて言えば、〝仲間〟だろうか。
ダニエルの胸にも響くものがあったのか、彼は目を見開いていた。
「そうだね、僕たちはただの師弟関係ではない」
うっそりと目を細め、ダニエルはゆっくりとユーニスの言葉を反芻する。
その様を見て、ユーニスは微かに違和感を感じた。
何がどうおかしいのか説明が出来ないが、しかししっくり来ないものを感じたのだ。
「一昨年までパリ音楽院で教鞭を取っていたアドルフ・ブロシュという方がいてね、もうすぐ僕はその方の世話になる。そこで、ユーニスは僕つきではなく、メアリーつきになる」
「メアリー様の?」
「うん、そろそろ女家庭教師が必要だって父上がおっしゃっていた。ユーニスにこのまま我が家にいて欲しいそうだ」
「まあ!」
予定より早くダニエルから離れることになってしまったことに寂しさを感じたものの、彼からの知らせでその気持ちは吹き飛んだ。
メアリーにつくのなら、彼女が年頃になるまではこの屋敷で働けるだろう。
年俸がいくらになるのかはわからないが、ダニエルの時と同じ額をもらえるとすれば、かなり貯金が出来そうだ。
「ユーニス」
意を決したかのような顔で自分をじっと見つめる愛弟子に、ユーニスは柔らかく微笑んだ。
「なに?」
「メアリーが社交界デビューするまでに、必ず戻ってくる。一時的に僕はこの国を、シェフィールド家を離れるけど、必ずここに帰ってくる。再び君に会うために」
今度はユーニスが心を動かされた。
この屋敷に来てからの日々が、走馬灯のごとく頭に浮かぶ。
あれだけ自分を拒絶していた子供に、ここまでの信頼と友情をもらえるようになったことが素直に嬉しかった。
まるでカップからホットチョコレートが溢れ出ているかのように、心の奥にじんわりとした感動が広がる。
指先まで温かな気持ちが行き渡り、ユーニスは何度も頷いた。
「待っているわ、貴方が立派なヴァイオリニストになって帰ってくるのを」