カタストロフィ
その何かとは何か、答えを探してダニエルを見つめた時、不意にユーニスは思い出した。
彼の目が、初めて出会った時のように醒めているのだ。
「それにしてもメアリー、お前けっこう歌が上手いな」
「本当!?ダニエルお兄様にそう言ってもらえるのは嬉しいわ」
「きちんと基礎が身についている。フレッチャー先生の教育の賜物だな」
「やっぱり分かる人には分かるのね。そうよ、フレッチャー先生は優しいけどそれ以上に厳しいんだから。何年も一緒にいたら自然と色んなことが身につくわ」
すっかり雑談する空気になってしまったため、ユーニスは今日のレッスンを中止した。
普段は予定通りこなしているのだから、一日くらい休んでも良いだろうという気になったのだ。
夕方のダンスレッスンまで時間が空いたメアリーは、最近飼い始めたパピヨンの様子を見に行った。
そして応接間に二人きりになり、ユーニスはダニエルがこの6年間で何を見て何を感じたのかに想いを馳せた。
「……苦労したのね」
「うん。顔に出ていた?」
「顔というより、目に。出会った頃のような、いいえ、その時より鋭利できつい目になったわ」
言葉に詰まったのか、なんとも言えない表情で目線を床に落とすダニエルに、ユーニスは続けてこう言った。
「それだけじゃないわ。貴方は強くなった。目を見ればわかるわ。ただ苦労しただけじゃないのでしょう?たくさんの物を得たのよね?だからそう、貴方は今の自分に満足している。自分の内なる強さを、誇りに思っている」
〝そんなふうに成長した貴方を、私も誇りに思うわ〟
ユーニスの声が無人の応接間に粛々と反響する。
ツカツカと歩み寄ってくるなり、いきなりダニエルは膝をついた。
そしてまるで幼い子供のようにユーニスの膝の上に突っ伏し、くぐもった声で独白した。
「やっぱり、君は特別な存在だ。ユーニス、君だけがこの世で唯一僕をわかってくれる」
甘えるようにスカートを握るその手は、いつの間にかユーニスに手より大きくなっていた。
子供ならいざ知らず、もう青年と言っても良い年頃の男性がやるには慎みに欠ける振る舞いをたしなめようとしたが、ユーニスはダニエルの目尻に光る涙に気がついてしまった。
(まあ、今日くらい良いか……海外で一人頑張ってきたんだもの。今日くらい、甘やかしたって……)
どかすためではなく、慰撫するために、ユーニスはダニエルの頭に手を滑らせた。