カタストロフィ
「ねえ、少し散歩に行かない?」
夕食後、さっさと自分の部屋に戻ろうとしたユーニスを無人の廊下で捕まえた時、ダニエルは照れから顔を見ることが出来なかった。
再会すれば感極まるのは予想していたが、いざユーニスと二人きりになると、懐かしさや恋しさ、切なさが募り、堪えきれずに涙が落ちた。
どれほど魂が彼女を求めていたのかを思い知らされて、そして永遠に彼女の側にいるために自分が選んだ道がいかに穢れたものか思い知らされて、すがりついてしまったのだ。
(今度こそヘマはしない!あんな、子供みたいな態度は取らない!)
膝の上で泣きじゃくるなどという、母親にも乳母にもやったことが無い幼稚な行為に恥ずかしさで死にたくなるが、ダニエルはめげなかった。
「いいわよ。じゃあ、ガゼボにでも行きましょう」
つかず離れず、手を伸ばせば届きはするが決して近くは無い絶妙な距離を保って、ユーニスが歩き始めた。
昔はその距離感が心地よかった。
決して触れないようにと気を遣ってくれるのが嬉しくて、この人は信用できると感じたのだ。
ダニエルは今も、人に触られるのが嫌いだ。
必要以上に近づかれると鳥肌が立つし、仕事以外では極力人間に会いたくない。
しかし唯一の例外がいる。
それが、この年上の想い人だ。
「それにしても、さっきは驚いたわ。なかなか粋な登場の仕方ね」
「レッスンしているのが聞こえたから、咄嗟に閃いたんだ」
幼い頃に見上げていた彼女の隣に並び立つと、ダニエルは月日が流れたのを痛感する。
2人の身長はいつの間にか同じくらいになっていた。
物理的には同じ景色が見られるようになった。
だが、心はどうか?
「どれくらいここにいられるの?」
「1ヶ月くらい。夏が終わるまでにはミラノに戻らないと」
「あら、けっこういるのね。なら、遠乗りや街での買い物に付き合ってちょうだいな。メアリーも喜ぶわ」
「うーん……その日の調子次第。徹底的に練習したい日もあるし」
これがユーニスと2人きりならいくらでも付き合ったのだが、メアリーが常にいるとなると考えものである。
渋るダニエルに、ユーニスは肩を落とした。
「あのサボり魔がよくこんな立派になって……」
「たまには付き合うよ。それより、段差があるから気をつけて」
ダニエルが階段に先回りして手を差し伸べれば、ユーニスは感慨深げに彼の広く大きくなった手を見つめていた。