カタストロフィ
「もうすっかり、立派な紳士ね」
しんみりとした声でユーニスが呟く。
今にも折れそうなほど華奢な彼女の指に触れた瞬間、ダニエルの意識は遥か彼方へと追いやられた。
ただのエスコートとはいえ、夢にまで見た愛する人の手は、今まで触れてきたどんな物質よりも柔らかく心地良い。
「全然紳士なんかじゃないよ。だって、他の人にはこんなことしない」
心の内を晒しすぎたか、と内心焦るが、ダニエルはそれを隠してユーニスの目をじっと見つめた。
堂々と振る舞うことで、この意味深な言葉に説得力を持たせることが出来るのではないかと思ったのだ。
「あらまあ、嬉しいけどちょっと複雑だわ。社交界で王侯貴族のお相手をすることも多いのでしょう?大丈夫なの?」
どうやら杞憂だったようだ。
ユーニスはときめくどころか、対人関係の心配をしている。
がっかりする気持ちを抑えきれず、ダニエルは乾いた笑い声をあげた。
「今のところどうにかなっているよ。だいたいの人は僕に愛想なんか求めない。なんたって〝孤高の音楽家〟だからね、良い演奏さえ出来れば多少態度が悪くたって許されるんだ」
「まったく、ふてぶてしいところは昔と変わっていないんだから!」
ガゼボに到着すると、ちょうど雲が流れて月が出始めたところだった。
月明かりに照らされたベンチに隣り合わせて座れば、どこからともなく鳥の鳴き声が聞こえてきた。
花々の香りが官能的に漂う夜の庭で、そこだけが現実離れした空間となり、ダニエルを陶酔へと誘う。
ふと、横にいる想い人を見ると、ダニエルはさまざまなことに気づいた。
最後に会った時よりも、髪や肌の艶が増していること。
首が細く、背中も薄く、上半身が華奢であること。
「ユーニスは変わったね」
「そりゃそうよ。出会った頃とは違ってもう20代も後半の年増なんだから」
「そんな風に卑下するな。君は昔よりずっと綺麗になった」
怒ったように語気を強めれば、ユーニスの切れ長の瞳が大きく開いた。
彼女の戸惑ったような表情は、ダニエルの秘めた熱情をさらに煽る。
「少しも変わっていないどころか、6年前よりはるかに美しくなった。父上があんな性格じゃなければ、とっくに愛人にされているよ。なんでそんなに自覚が無いんだよ」
「ダニエル?何をそんなに怒っているの?」
「君があまりにも無防備だから、不安なんだ。いつか、誰かに掻っ攫われるかもしれないって」