カタストロフィ
(ああ、ダメだ。またボロが出ている……)
せっかく綺麗に取り繕おうとしたものが、どんどん剥き出しになってきている。
何年経っても感情をストレートに出してしまう自分に嫌気がさして、ダニエルは形の良い眉をひそめた。
「違う、違うんだ。こんなことを言いたいんじゃない」
大人になれば、もっと洗練された口説き文句が言えると思っていた。
本心はうまく隠して、糸を手繰り寄せるように相手の心を徐々に掴めるだろうと思っていた。
しかし実際はそんなことなく、5年経ってもダニエルは狂おしい激情をユーニスに叩きつけないだけで精一杯である。
そんな自分が情けなかった。
同時に、情けないと思うことすらどうでもいい気がした。
「ユーニス、僕の愛しい人」
自分の声とは思えないほど、その響きは甘く熱い。
何が起きているのかわからないのか、ユーニスはただ固まっていた。
見切り発車なのはわかっている。
だが、もう止められそうにない。
「君が欲しい。君のすべてが欲しい。少しでも早く自立して、君の隣に並び立つのに相応しい男になりたいと思っていた。ヴァイオリニストとして成功したら、言おうと……好きだ」
その瞬間、彼女の瞳に浮かんだ感情は一つではなかった。
戸惑い、悲しみ、混乱、恐怖、拒絶。
ただ一つはっきりしているのは、前向きな感情は一つも無いことである。
「ダニエル、あなた自分が何を言っているかわかっているの?正気じゃないわ!」
「ああ、正気じゃないさ!恋をしていて正気なやつなんかこの世にいないよ」
「そうじゃなくて、なんでこんなことを……いつから?」
怯えたように囁くユーニスに目を合わせ、ダニエルは妖しく微笑んだ。
ほんの少し口角を上げただけの上品な笑みがひどく艶っぽくて、ユーニスの心臓が急に跳ねた。
「いつだと思う?僕がユーニスを、女性として意識し始めたの」
ユーニスあ陶器のような真っ白な肌にサッと赤みが差したのを、ダニエルは見逃さなかった。
追い打ちをかけるように、愛の言葉を降らせる。
「少なくとも、パリに出発する前から好きだったよ」
「教え子にそんな感情を持たせるなんて」
泣きそうに顔を歪ませるユーニスの唇に人差し指を押し当て、ダニエルはそれ以上しゃべらせなかった。
「例え君でも、僕の抱いた感情を否定することは許さない。第一、恋はコントロール出来る代物じゃない。君を好きになってから色々迷うこともあったけど、少なくとも女家庭教師のユーニスを好きになったことを後悔したことはない。僕がさっさと大人になれば良いだけなんだから」