カタストロフィ
化粧品
その日ユーニスは、人生で一番と言っても過言ではないくらい泣いた。
大粒の涙が拭っても拭っても止まらず、ハンカチは涙を吸いすぎてぐっしょりと重くなった。
今まで出会った教え子の中で、ダニエルは特別な存在だった。
天使のような美貌を持ちながら、生き地獄を味わった子供。
その壮絶な過去はまるで自分の子供時代のようで、接する時にはどうしても私情が入ってしまった。
だからか、彼が自由な人生を求めて屋敷から出ていった時は我が事のように嬉しかった。
自分と近しい経験をした、特別な教え子。
ユーニスは彼を、歳の離れた友人とも思っていた。
だがそれは彼女だけだったらしい。
(知らなかった!知りたくなかった!!)
恋というものについて、言葉は知っていても体感したことはない。
日々生きるだけで手一杯であり、常に微妙な社会的地位にあるユーニスには縁のない感情だったのだ。
そんな未知のものを信じていた人に投げつけられ、ユーニスは恐れ慄き、混乱した。
(なんで?どうして私なの?9歳も年上で、教師と生徒の関係なのに……この顔のせいなの?それとも後ろ暗い過去を打ち明けあったから?)
ダニエルがミラノに戻るまであと1ヶ月もあるのに、これからどう接すれば良いのか。
まるで今まで積み重ねてきた信頼や時間を裏切られたような気分になり、自然と眉間にシワが寄っていく。
ベッドに寝転び、ぼんやりと夜空を眺め、ユーニスは目を閉じた。
今思えば、ダニエルの言動は一教師に対するものではなかった。
普通、いくら懐いているといっても、あそこまで感情を剥き出しにして接しないだろう。
それに、溢れ出た言葉の数々から彼の好意は漏れ出ていた。
彼の気持ちに気づかなかったのは、ユーニスがダニエルを恋愛対象にしておらず、また彼からそんな感情を抱かれるわけがないと思い込んでいたからだ。
だがそれも致し方のないこと。
2人は9歳も歳の差があり、師弟関係であり、何より身分が違うのだから。
(応えるわけにはいかない。許されるはずがないわ。教え子と恋人になるなんて!)
考えるだけでおぞましく、ブルっと体が震える。
そして何度目かわからない涙を流し、ユーニスは泣き疲れて眠りに落ちた。