カタストロフィ
どれだけ絶望を感じても、必ず朝はやってくる。
ダニエルに唐突に愛を告白された翌日も、例外なく朝日は昇った。
「……すごいクマ」
燦々と輝く陽光が差し込む自室で、ユーニスは手鏡をじっと見つめた。
目の下には青黒いクマがくっきりと浮き上がっている。
もともと色白で、ともすれば顔色が悪く見られがちだが、今日は本物の病人のようだ。
不健康なまでの肌の白さは世間的には推奨されているものだし、いかにも体が弱そうに見えるこのクマについても否定的な意見を述べる者はこの屋敷にはいないだろう。
なぜなら、今の世の中、女性がか弱く不健康に見えるのが美徳とされているからだ。
だが、ただ顔色が悪いだけのこの顔を、ユーニスは美しいとは思えなかった。
いつもの健康的な、クマもくすみもない肌のほうが美しいと感じていた。
「どうにか出来ないかしら」
化粧を悪徳とする風潮と、美しく装う必要性が今までなかったことから、ユーニスは化粧品の類を一才持っていない。
どうしたものかしばし悩んだが、ユーニスは今日はこのまま過ごすことにした。
顔色が悪いのは、世間的には良いこととされているためなんの問題も無いのだ。
(今日ばかりは、この理解不能な世間の常識に感謝だわ!)
身支度を整えて運ばれてきた朝食を残さず平らげ、ユーニスは気持ちを切り替えた。
今日は午前中はフランス語、午後からはピアノのレッスンである。
メアリーはあまりフランス語が得意では無いため、ピアノのレッスンに移る前に今日やった分の復習をする時間を確保しなければならない。
ふと部屋の隅にある時計に目をやると、授業開始時刻まであと5分しかなかった。
いつも通り動いていたと思ったが全然そんなことはなかったようで、知らず知らずのうちにぼんやりしていたのだ。
テキストを小脇に抱えて、ユーニスは最大限素早く足を動かした。
走るのはみっともないが、それに近い速度で動かなければ間に合いそうにないのだ。
今日はとりわけ暑く、まだ9時だというのに汗がじっとりと吹き出る。
子供部屋に繋がる階段を登ろうとしたその時、降りてきた人物を見てユーニスの足は止まった。
階段の上から、空より青い二つの瞳がこちらを見下ろしている。
その瞳に捉われたユーニスは、身動きが取れなくなりその場に固まった。
文字通り思考停止した彼女の緊張をほぐすように、ダニエルは穏やかに微笑んだ。
「おはようユーニス。これから授業?」
「え、ええ」
「頑張って。今日は暑いから、こまめに休憩するんだよ」
サラッとした挨拶を交わし、振り返ることなく階下へ降りていくダニエルを呆然と見送り、ユーニスはあっけに取られた。
昨日のあれはなんだったのか。
先ほどの彼は驚くほど自然で、そして男性らしさを意識させない態度である。
(もしかして冗談だったのかしら?)
心のどこかでそんなわけがないと否定する自分がいたがそれを押し込め、ユーニスはそう思うことにした。
そう、あれはタチの悪い冗談だったのだ。