カタストロフィ


優雅な足取りではあるがその実意味もなく廊下を突き進んでいたダニエルは、周囲に人がいないのを確認してから大きくため息をついた。

(僕という人間は、本当にどうしようもないやつだ。6年前からまったく成長していない。いや、むしろ退化しているんじゃないか?)

昨夜自分が晒した醜態を思い出すたびに、自分で自分を絞め殺したくなる衝動に駆られる。
予想より早く手に職をつけたからか、理性という名の鎖が幼少期より錆びている気がした。

もっと慎重に、注意深く。
何度となく自分に戒めていたはずなのに、あの麗しい(かんばせ)を見た途端、滑らかな手に触れた途端、それまで自分が何を考えていたかすら忘れてしまった。

そして、内に秘めていた激情を本能のままに叩きつけた。
あの瞬間のユーニスの顔は、一生忘れられないだろう。

世の中の恋人たちは一体どのような過程を経て恋人となったのだろうか、などと今考えなくても良いようなことが頭に浮かぶ。
そんな風に現実逃避をしなければやっていられないほど、ダニエルは追い詰められていた。

(久しぶりに遠乗りでもするか。体を動かしてあちこちに行けば余計なことを考えなくて済むだろう)

厩へ行こうと踵を返してからしばらくは無心でいられたが、ふとこの屋敷にいた頃のことを思い出す。

おやつに釣られ、苦手だった乗馬を克服したこと。
供もつけずに一人で街まで遠乗りするようになり、父に叱られたこと。
そしていつも最後はユーニスがうまく取りなしてくれたこと。

暖かな思い出が脳裏を掠めたその時、ダニエルの心臓はキリキリと締め付けられた。

楽しかった記憶、色鮮やかな思い出のすべてはユーニスに帰結するものであり、彼女のいない思い出などこの頭には無いのだ。
ただ側にいるだけで喜びが生まれると同時に、今すぐ手に入れたいのに不可能であるもどかしさに心が荒れた日々を思い出す。

彼女の隣に立つ為に避けては通れない過程だったとは言え、離れていた歳月はダニエルが抱える恋心をより強固なものにした。

(顔色があまり良くなかったな。クマもあったし、寝不足なんだろう……僕のせいで)

彼女の心を乱した申し訳なさに、罪悪感が込み上げてくる。
しかし、ほんの少しだけダニエルは感じていた。
自分を異性として認識させる事が出来たことを。
そこから生じる、この上なく甘美な昏い喜びを。

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