カタストロフィ


「まあ!先生、酷い顔色だわ!!」

部屋に入るなり甲高い叫び声を浴びせられ、ユーニスは肩を落とした。
13歳になってもまったく淑女らしい振る舞いを身につけてくれないメアリーだったが、最近は良くなってきたのだ。
しかし今日は驚きのあまり、ようやく身につきつつあった落ち着きがすっかり消えている。

「メアリー、淑女たるものそのように大声を出すものでは」

「だって、こんなに具合が悪そうな顔色の人を見たことが無いんだもの!先生ったら、一体どうなさったの?昨日まではなんともなかったのに……とりあえずお医者様を街から呼んでくるわ!」

けたたましく捲し立てるその様相は、確かに淑女らしくはない。
しかし、目にうっすら涙をためて取り乱しているのは、純粋な心配からだとユーニスもわかっていた。
そのため、あまり強くは叱れない。

「ただの寝不足よ、メアリー。心配させてしまったわね。ごめんなさい」

「本当に?ご無理をなさっているのではなくって?」

不信感をありありと出して、メアリーはじいっとユーニスを見つめた。
その双眸のハッとするような青さがダニエルにそっくりで、思わずユーニスは目を逸らす。

「無理なんかしていないわ。昨日は寝つきが悪くて、ほとんど寝ないまま朝を迎えたからこんな顔になってしまったのよ」

「最近暑くなってきたから、そのせいかしら?あ、そうだわ!ちょっと待ってて」

何か思いついたのか、メアリーは駆け足で部屋を出て行った。
その突飛な行動の意図が読めず、ユーニスは困惑しながらも彼女が戻ってくるのを待った。

出て行った時と同じ騒がしさで戻ってきたメアリーは、ユーニスに小さな白い陶器を差し出した。

「先生、これを差し上げます。寝る前に薄く塗ってマッサージすると、翌朝とっても顔色が良くなるのです!私の使いかけ、それも残りわずかで申し訳ありませんが、普段は化粧品なんていらないくらい綺麗なお肌ですもの。元に戻るまでの補助品と思ってお使いになって」

それは最近話題の美容液だった。
うっすらと薔薇の香りがするそれは、ユーニスの給料3ヶ月分はするだろう高級品である。
いくら使いかけとはいえ、おいそれともらうことは出来ない。

「気持ちは嬉しいけれど、こんな高い物は貰えないわ」

「ほんの2〜3日分しか入っていないのですから、お気になさらないで。もう新しい物もお父様に買って頂きましたし、フレッチャー先生のことですもの、そのうち消えるからと顔色が悪いのを放置するに決まっています」

もう何年も一緒にいるからか、すっかり性格を読まれている。
言葉に詰まったユーニスに、メアリーが追撃の一言を投げた。

「それに、病人のような肌色なんて今時流行りませんわ。最近の流行はほんのり薔薇色の健康的な白い肌、つまり普段の先生のお肌です!」

そこまで言われてしまっては返す言葉も出てこず、ユーニスは有り難くメアリーの化粧品を分けてもらうことにした。

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