カタストロフィ
女家庭教師とは、元来おしゃれや美容とは無縁の職業である。
清潔感は必要だが、美しさを追求したり着飾る必要は無い。
なぜなら、容貌を磨くことによって教え子の親や兄弟に目をつけられる可能性があるからだ。
ユーニスは、本来ならこの仕事には就けないほど飛び抜けた美貌の持ち主である。
しかし、不屈の精神と勉学への熱意で顧客の信頼を勝ち取ってきたのだ。
だからこそ、ユーニスは化粧や美容法というものに疎かった。
「今はこんなのが流行っているのねぇ」
繊細な彫刻が施された白い陶器が、ユーニスの手の中に鎮座している。
それをしげしげと眺め、メアリーのいう通り残りわずかである美容液を指の腹で掬った。
薄く塗ってマッサージすると言っていたが、そもそもマッサージの仕方がわからない。
一瞬どうするか迷ったが、適当に顔全体に塗り広げて手の平でプレスする。
多分マッサージとはかけ離れた動きだが、そんな雑な使い方でもユーニスの肌は見る間に生き返っていった。
美容液が肌にスーッと馴染む感覚は、心地よいものだった。
鏡をみなくてもわかるほど、肌がふっくらしている。
「おお……これは凄いわ」
思わず感嘆のため息が出たユーニスは、新しい世界を知り、一人で興奮していた。
たった一回でこんなにも効果があるのだ、高いだけの価値はある。
(世の貴婦人たちは、この感覚が病みつきになって化粧品を買うんだわ。今まで化粧品の何が良いのかわからなかったけれど、これを知ってしまったら確かにハマってしまうわね)
華やかな薔薇の香りに包まれているその時、ユーニスの頭にはダニエルのことなど思い浮かびもしなかった。
ただひたすらに寛ぎ、そのうち眠りの世界に迷い込み始める。
貴重な体験が出来た喜びに胸を躍らせ、その夜ユーニスはしっかりと睡眠を取った。