カタストロフィ
ダニエルと向き合うと決意したものの、ユーニスはその日一日で気分がげんなりしていくのを抑えられなかった。
図書室に足を踏み入れれば本がすべて落ちてくる、廊下に出ればあちこちにガラスの破片がばら撒かれている、絨毯に油が撒かれて移動が出来ない、などなど身の危険を感じるものから些細なものまで、様々な嫌がらせがユーニスを待っていた。
(次から次へと、よく思いつくわね)
一周回ってもはや感心しそうになるほどだ。
夕食のメインディッシュがネズミの死骸にすり替えられたのはさすがに困ったが、すかさずユーニスはベルを鳴らして料理長を呼び出した。
先月、内定を貰った直後にダニエルの話しを聞きに行ったため、料理長との面識はある。
「お呼びですか?ミス・フレッチャー」
「このお皿をご覧くださいな」
本当ならメインの肉料理があるはずのそこに鎮座するネズミの死骸を見て、料理長は険しい顔になった。
「……ダニエル様を厨房に入れないよう気をつけていたのですが」
「キッチンが犯行現場ではないのなら、今日私の給仕を務める予定だったメイドに、ワゴンから目を離したか確認したほうが良いでしょう」
「申し訳ございません。すぐに新しい料理をお持ちします」
悔しそうに唇を噛む料理長を宥め、ユーニスは優雅に微笑んだ。
「お願いします。お料理に余りがなければ、パンとスープだけでけっこうです。もともと私、あまり胃が大きくはないので。それよりもですね」
「なんでしょう?ミス・フレッチャー」
「明日からはダニエル様のお食事からデザートを削ってください」
「えっ」
料理長の表情がにわかに青ざめ、脂汗がブワッと浮き出る。
短く整えた顎髭をしきりに触りながら、彼は戦々恐々と尋ねた。
「昼と夜、どちらもですか?」
「どちらもです。これから先、デザートは私の授業を受ける中で何か成長が見られた時にだけお出しします。栄養の面だけを考えれば、別にデザートがなくたって困りませんもの」
ダニエルは偏食家で、食べ残し、好き嫌いが多く、一番よく食べるのはデザートということは調査済みである。
そしてその調査に協力したのが目の前にいるこの男なのだが、彼はというと余計な事を言ったかもしれないと肩を落としていた。
「ミス・フレッチャー、ダニエル様は大変な甘党です。デザートが出ないと知ったらどれほどお怒りになるか」
「放っておきなさい。どれだけ怒ったところで、彼は貴方に作って貰わなければデザートが食べられないのよ?気に食わないなら自分で作ればいいわ」
貴族の子弟相手とは思えないほど雑なユーニスに態度に、料理長は呆気に取られた。
「彼が身分を盾にあなたに無理を強いるようなら、私の名前をお出しなさい。私の命令でデザートは出せないと言えば、あなたが不当な扱いを受けることもないでしょう」
「しかしそれでは、貴女がダニエル様に恨まれてしまいます」
「それが何か問題でも?」
切れ長の瞳を細め嫣然と一笑し、ユーニスは立ち上がった。
女性にしては背が高いからか、品よく整った顔立ちのせいか、ただ笑って立っているだけの彼女に料理長は言葉に出来ない圧力を感じた。
「私は今までの女家庭教師とは違いますよ。どんな嫌がらせを受けても、決して心が折れたりしません。私の仕事は、ダニエル様の学力をパブリックスクールに進学しても困らないだけのレベルに引き上げる事。そして、彼を立派な紳士に育て上げる事。目的を遂げる為なら、例えダニエル様に恨まれようがかまいません」
大きくはないがしっかりと通る声が、広い部屋に響いた。
柔らかなグレーの瞳に心を射抜かれ、料理長は思わず頭を垂れる。
「ミス・フレッチャーの仰せに従います」
「よろしくお願いしますね」