カタストロフィ
午前11時、いつもならメアリーの部屋でお茶を飲むが、今日はダニエルもいるため応接間に場所を移すこととなった。
お茶を運んできたメイドがワゴンを押す手を止めると、エプロンのポケットから何かを取り出し、ユーニスに差し出した。
「フレッチャー先生、こちらをお嬢様よりお預かりいたしました」
渡された手のひらサイズの紙切れは、二つに折りたたまれている。
中を改めると、メアリーは流麗な字で爆弾を落としていた。
〝お兄様をよろしくお願いいたします。私は風邪気味なので欠席ということになさって〟
思わず頭を抱えたユーニスだが、11時はもうすぐそこまで迫っていた。
どうする、と考えたのも束の間、応接間のドアがノックされる。
「ダニエルです。入りますよ」
返事を待たずしてダニエルが入ってくるのと入れ違いに、メイドがその場からワゴンと共に去った。
メアリーの姿を探してか、ダニエルの視線が室内のあちこちを彷徨う。
「メアリーなら、先ほどから体調が良くなかったから部屋で休ませているわ」
咄嗟に口をついて出たのは、メアリーが考えた言い訳だった。
本当のことを言おうと一瞬も思わなかったのはなぜか。
今自分の胸に渦巻いているのは、どんな感情なのか。
答えはすぐ側にあるのに、ユーニスはまだ直視する勇気がなかった。
「そうか、残念だ。なら後で持っていってやらないと」
なんのことだろう、と首を傾げるも、ダニエルの手中にあるものを見て得心する。
無機質な手の平サイズの瓶の中に、たくさんの焼き菓子が詰められていた。
「ミラノで良い店を見つけたんだ。ここのアマレッティは絶品なんだよ。エスプレッソだけじゃなく、紅茶にもよく合う」
「お土産に買ってきてくれたの?」
「うん。ユーニスに食べてもらいたかったから」
テーブルを挟んで向き合った状態で、ダニエルは柔らかく微笑んだ。
その顔があまりに幸せそうで、ユーニスは何も言えなくなる。
「それに、メアリーにも」
とってつけたような言葉だが、ダニエルは取り繕うことすらしない。
澄ました顔で2人分の紅茶を手ずから淹れ、お茶請けにイタリアから持参したアマレッティをいくつか添える。
「気に入ってくれるかはわからないけど、召し上がれ」
そう謙遜する彼に小さく礼を言い、ユーニスは早速一つ口に入れた。
ビスケットよりも歯触りが良く、軽く噛むだけですぐに崩れる。
アーモンドの強い香りとほのかな苦み、くどくない甘さが口内いっぱいに広がった。
「美味しいわ、これ。なんだか懐かしい味ね」
「良かった。気に入ってくれたみたいで。イタリアのお菓子はシンプルで、素朴なものが多いんだ。だけど不思議と飽きがこない。素材そのものが美味しいからなんだろう」
「そんなに美味しいものばかりなの?」
「美食大国だよ。野菜、果物、肉、魚、どれを取ってもこの国とは比べ物にならない。引退してもあそこに居続けたら間違いなく太るね」
「何事にも辛口の貴方がそんなに褒めるだなんて。イタリアかぁ、一回行ってみたいわ」