カタストロフィ
(ユーニス、考えてもご覧なさい。ダニエルはもうすぐ大人になるわ。いつまでも11歳の少年ではないのよ。確かに教え子ではあったけれど、貴女の手を離れてからもう何年経った?彼が貴女を慕うことの何がそんなにいけないの?たまたま彼が貴女を好いたからといって、なぜ罪悪感に苦しめられなければならないの?それに、彼がした事と言えば愛を告白したことだけ。プロポーズされた訳でも、強引に迫られた訳でもないわ。嫌なら返事をしなければ良かっただけの事でしょう)
悲観的になる自分を嗜めるもう一人の自分。
頭の中にいる二人のユーニスの対話は、まだ終わりそうにない。
(わかったわ、彼が私を好ましく思っていることは百歩譲って認めるとして、それをその場っで断ったのは正しかったわよ)
(なぜ?)
(だって身分が違うもの。彼は貴族の子息よ)
(あくまで子息よ。厳密に言ってしまえば貴族ではないわ。それに仕事に就いた以上、年が若くても私と立場は変わらないわよ。彼はもう貴族の子息という立場ですらない)
あともう少し年が近ければ、あるいはあともう何年か経てば、何も問題ないのではないか。
その事に気づいた瞬間、強い酒を飲み込んだかのごとく胃がカッと熱くなった。
(だから?もしダニエルが私と釣り合う対等な立場になったとして、それがなんだっていうのよ!甘い夢を見て遅い初恋を謳歌しろとでも?)
とてもそんなことは出来ない。
理屈抜きに、頑なにそう思う自分が居た。
評判の良い女家庭教師となるまで、一体どれだけの苦労をしたことか。
あの地獄のような幼少期をどんな思いで生き抜き、どんな思いで勉学に打ち込んだことか。
どれもこれも、すべては誰にも頼ることなく一人で生きていく為だ。
急に、恋などという不確かなものに振り回されている自分が恥ずかしくなり、ユーニスは顔をしかめた。
「そう、そうよ。私は一人で生きていくのよ。誰の都合にも振り回されず、一人で」
気がついたら、初めて好意を向けられたことに少なからずときめいていたもう一人の自分は口を塞がれていた。
口を塞いでいたのは、苦労した末に自由とお金を掴み取った本来の自分だった。