カタストロフィ
とうとう、ダニエルがミラノに戻る日が近づいて来た。
ジェーンと共にハロゲートから帰ってきても屋敷にいない日が続き、気づいたらもう何日も顔を見ていない。
それに対し、ユーニスは言葉にしがたい不快感を抱いていた。
あの時の、あの告白はなんだったのか。
あの午前中のひとときの、熱い眼差しはなんだったのか。
授業の合間や、一人で昼食を摂っている時、夜眠りにつく前など、ふとした瞬間にどうしようもない苛立ちが込み上げる。
(人が真剣に悩んであれこれ考えたっていうのに、一体なんなのよ!!もしかして、もう心変わりしたとか?一時的な熱に浮かされただけで正気に戻ったとか?)
ならばけっこうなことだ。
まだ若いのだからこんな年増ではなく、うら若い乙女と恋愛を楽しむべきなのだ。
心の中で呟いたその声には、多分に毒が含まれていた。
散々心を乱されたことへの怒りを自覚しただけで、まったく祝福する気になれないと、ユーニスはしぶしぶ認めるしかなかった。
「スコッチでも飲もうかしら。ああでも、顔がむくんだりしたら、きっとまたメアリーにどやされるわ」
独身生活が長いためか、最近独り言が多い気がする。
着実に老化が進んでいると言えるが、見られたら困る人もいないため、ユーニスはその癖を治そうとはしなかった。
結局アルコールではなく、ホットミルクをもらいに行こうと決め、ユーニスは夜着の上にガウンを羽織った。
厨房まで降りるのに近道をしようと、普段は使わない廊下に出ると、遠くから靴音が聞こえてきた。
(一体誰かしら?伯爵や奥様、ではないわよね?こっちに用は無いはずだし……ああ、横着しないでちゃんと着替えればよかった)
やはり今からでも着替えるか、と踵を返したその時、柔らかな声がユーニスを呼び止めた。
「ユーニス」
その声の主は、つい先ほどまでユーニスの脳内を占拠していた人物だった。
「こんな時間にどうしたの?そんな格好で」
形の良い眉をひそめ、ダニエルが非難がましく言った。
彼の視線は、ユーニスの羽織っているガウンに向いている。
「ホットミルクをもらいたくて厨房に行こうと思っていたのよ。それよりも、貴方こそどうしてここに?」
「僕も厨房に行こうと思っていた。昼から何も食べていなかったから、何か夜食でももらえないかと思ってさ」