カタストロフィ
あら、じゃあ一緒に行く?
以前なら気軽にそう誘えただろう。
しかし今は、「そう」と素っ気ない一言を返すだけで精一杯である。
そんなユーニスの愛想の悪さなど気にもかけず、ダニエルは話しを続けた。
「それよりも、いくら面倒くさいからといってそんな格好で廊下をうろつくなんて感心しないな。誰かに襲われたらどうするんだ」
「旅行先や他所の屋敷では気をつけるわよ。あのね、ここに何年住んでいると思ってるの?今さら私を襲う人なんかいないわ」
シェフィールド伯爵の人柄に影響を受ける者が多いからか、この屋敷の使用人は上から下まで自制心が強い者が多い。
一番下っ端の下男とて例外ではなく、ユーニスにアプローチをする者もいたが、それだってだいぶ控えめであった。
誰に好意を寄せられようと女家庭教師として生きることを優先し続けた結果、ユーニスを想う男は一人、また一人と減っていった。
そして現在、多少薄着でうろついても誰も気にしないほど、男たちはユーニスを女性として見なくなっていた。
(そんなことを教える必要も無いからわざわざ言わないけれど)
「まったく、危機感が無いにも程がある!ここにいるのが僕じゃなくて酔った来客だったら?不審者だったら?君は女性で、しかも飛び抜けて美しいんだ。こんな薄着で外に出るなんて、どうかしているよ」
ガウンの前をきつくかき合わせ、ダニエルはユーニスの肩を抱いた。
「部屋まで送る。ホットミルクは僕が持ってくるから外に出ないこと」
「でも」
「問答無用。いいから戻るよ」
自室までの道すがら、ユーニスはダニエルを盗み見た。
帰ってきた時よりもまた背が伸びたのか、いつの間にか目線がより高くなっている。
「ちゃんと鍵をかけて待っていて。すぐに戻るから」
そう言うや否や、ダニエルはさっさと廊下へ消えていった。
あっという間のことで引き留める余裕もなかったが、ここに至りユーニスはあることに気づいた。
(ダニエルがこの部屋に来るのは一体何年ぶりかしら?)
彼が子供の頃は何度となく遊びに来ていたのを思い出し、不思議な気持ちになる。
そんな風にノスタルジーに浸っていると、やや性急にドアがノックされた。
「ユーニス、僕だよ」
「早かったわね」
厨房から急いで来てくれたのか、ダニエルの額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
彼が抱えていた銀のトレーを受け取りテーブルへ運ぶと、ユーニスは椅子を引いた。
「夜食、ここでお食べなさいよ。せっかく温かいものを用意してもらっても、ここから貴方の部屋まで運んでいたら冷めてしまうわ」
まだ湯気が立っているホットチョコレートを指すと、ダニエルは顔を綻ばせた。
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」