カタストロフィ
ダニエルがカップを傾けるたびに、チョコレートの甘く濃厚な香りがユーニスの部屋に広がる。
ユーニス自身が飲んでいるのは蜂蜜を垂らしただけのホットミルクだが、チョコレートの匂いがあまりにも濃いため、ホットミルクを飲んでいる気がしなかった。
鼻が贅沢をしている。
ふとそんな表現を思いつき、ダニエルに話そうとし、やめた。
そんな他愛もない雑談を出来るほど、今の自分たちは打ち解けていない。
しばらく無言の時間が続いたが、先に沈黙を破ったのはダニエルだった。
「ダメだなぁ、話したいことがたくさんあるはずなのに、緊張が勝って何も言葉が出ない」
「緊張?貴方が?」
「するに決まっているだろう。こんな時間に、想いを寄せる相手が夜着で隣にいるんだよ?」
反応に困るより先に、奇妙な満足感がジワリと胸に広がった。
そこに追い討ちをかけるように、ダニエルは椅子から立ち上がりユーニスに歩み寄ると、手を取り、自身の左胸に導いた。
まるで熱に浮かされた病人のごとく、ダニエルの心臓は早鐘を打っていた。
「こんな風になるくらい、今の僕は余裕がない」
言葉が出るより先に、感情が溢れてしまった。
ユーニスの陶器のような滑らかな白い肌が、みるみる薔薇色に染まっていく。
そのわかりやすい変化を、ダニエルは見逃さなかった。
「明日出発なのに、これじゃあ寝不足になるよ」
どこか艶めいた空気を吹き飛ばすかのように冗談めかして笑うと、ダニエルはユーニスの手を引いて椅子から立たせた。
「カップは明日の朝メイドが取りに来るって……さすがにそろそろ部屋に戻らないと」
「え、ええ」
まるで何も無かったかのような雰囲気と、ダニエルのサラッとした口調に、ユーニスは反応が遅れた。
色恋沙汰に疎く、恋愛経験などほぼ無いに等しい彼女にとって、この空気の入れ替わりはついていけないものだった。
「ドアまで来て見送ってよ」
甘えるようなその口調にノーとは言えず、ユーニスは大人しくついていった。
ドアを開けると、少し肌寒い晩夏の風が吹き込んで来た。
「おやすみなさい」
他にももう少し、何か言おうとしたその時、ユーニスの唇は柔らかなもので塞がれた。
驚きのあまり目を見開くと、ダニエルの空色の瞳に捕らわれる。
唇を割って無遠慮に侵入してきた舌が絡みつき、にわかに息が出来なくなった。
「んっ!うぅ!」
息苦しさにダニエルの胸板を叩くと、彼の唇はユーニスの耳元に移動した。
「鼻で息をして」