カタストロフィ


若々しく張りのあるハイバリトンの声に、思わずユーニスは身じろぎした。
耳たぶにダニエルの唇が触れた瞬間、ユーニスは未知の感覚に落ちた。

「ひんっ」

ゾワっと肌が粟立つが、決して嫌な感じはしない。
抵抗する意思が無いのを感じてか、ダニエルの動きは徐々に大胆になっていく。
初めは優しく唇を這わせていただけだったが、そのうち耳朶をねっとりと舐めしゃぶりはじめた。

ピチャピチャと濡れそぼった音がするそのたびに、ユーニスの細い腰は震えた。
息が上がり、体の力が入らなくなってきた頃、ダニエルの唇は耳から首筋に移動した。
皮膚が薄いそこは耳以上に感覚が敏感で、喉に唇が触れた瞬間、ユーニスの吐息はさらに艶かしくなる。

「ふっ、うっあ」

喉仏へ、顎へ、彼の薄い唇が忙しなく移動を続ける。
再び唇が重なった時、ダニエルの舌を受け入れたユーニスは立っているのがやっとだった。

チョコレート味のどこまでも甘い口づけは、何分も続いた。
上あごから歯茎の裏まで、丁寧だが執拗に嬲られ、その度に体が跳ねる。
ダニエルの腕の中にいることに何の違和感も抵抗もなくなってきた頃、ようやく唇が離れた。

「ユーニス、もう一度言うよ。君が好きだ。今すぐじゃなくていいから、君のすべてが欲しい」

後頭部を覆っていたダニエルの手は、ユーニスの頬を包んでいた。
スラリと伸びた親指が、頬を滑り落ちて唇で止まる。

「君が恋愛に興味がないのは知っている。僕をそういう対象として見ていないことだって、わかっている。でも、今日から考えてみて欲しい。キスだけでこんなに盛り上がったんだから、僕たちはきっと上手く付き合っていける」

それ以上は何も言わず、ダニエルはユーニスの部屋を後にした。
ドアが閉まると同時にその場にへたり込む。
そしてふと気づいた。
夜着の上からでもわかるくらい胸の先端が盛り上がっており、秘められた場所は潤んでいることに。

まるで抱かれることを期待しているようなその反応に、ユーニスはさらに顔を赤らめた。
もしあのままキスが続いていたら、どうなっていたのか。

生きる為に体を売った過去から、ユーニスは性行為がどんなものか知っている。
それは、屈辱と嫌悪に満ちた嫌なことだったはずだ。
あのような、熱が爆ぜるような衝撃を感じたことは一度もなかった。

(嫌じゃなかった……唇の感触も、混ざり合った唾液も、何もかも)

もしかしたら、抵抗出来ないのではなく、しなかったのではないか。
その事に気づいた時、ユーニスはどうしようもない怖さを感じた。

「どうしよう」

自分がどうしたいのか、わからない。
そんな風に思ったのは初めてで、心細さと戸惑いに勝手に涙が落ちる。
立ち上がることも出来ないまま、しばらくユーニスはその場にうずくまった。


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