カタストロフィ
第4章

文通



「ミス・フレッチャー、お手紙が届きました」

「ありがとう」

顔馴染みのメイドから手紙を受け取り、差出人と消印を確認する。
差出人の名前はいつも通りだが、消印は初めて見るものだった。

封を切った瞬間、春に咲く花々のような可憐な香りが広がった。
手紙に香水でも振りかけたのだろう。
ダニエルが送ってくる手紙はいつも洒落ている。


『親愛なるユーニスへ


そちらは日差しが暖かくなってきた頃かな?昼と夜の寒暖差がある時期だから、体調を崩さないように気をつけて。我が家の庭では、そろそろライラックが見頃を迎えるはずだ。天気の良い日にメアリーを連れて庭に出るのをおすすめするよ。前の手紙で、よく晴れた日にはメアリーは外に出たがると書いていただろう?散歩ついでのレッスンにすれば、飽き性のメアリーも喜ぶんじゃないかと思ったんだ。まったく、一体誰に似たのか、メアリーのわがままは年々酷くなっていくばかりだ。君もさぞ大変だろう。さて、自分の事を棚に上げて妹の悪口を言うのはここまでにし、僕の近況報告をしよう。

消印でわかると思うけれど、僕は今ミラノにはいない。
1年半かけて演奏旅行をすることになったんだ。
スタートはロシアから、ウクライナ、ハンガリーを経由してドイツ、イタリア、フランス、そして最後にイングランドの予定だ。
ヨーロッパツアーはこれで2度目だけど、前回とは比べものにならないくらい大規模で、さすがに少し緊張するよ。
ただね、スカラ座のコンサートマスターでいるよりもはるかに儲かるし(下世話な話しでごめん)、何よりこのツアーが成功した暁には音楽界における僕の立場は盤石なものとなる。
だから、プレッシャーではあるけれど必ず成功させたい。

そうそう、今僕がどこにいるかだけど、モスクワのとある貴族の邸宅で世話になっている。
人付き合いに難がある僕と似たような方で、一緒にいると楽なんだ。
その方の奥方や子供たちがことごとく美形で、いや、モスクワという街そのものが美人ばかりで、来たばかりの頃は驚いたよ。
イングランドでは珍しい、君みたいな色の瞳の人がけっこういる。もしかしたらユーニスの先祖はこっちの人なのかもしれないね。
スラヴ系の人々のグレーの瞳を見るたびに、君の顔が思い浮かぶ。ユーニス、僕の至宝、体に気をつけて。君が仕事熱心なのは知っているけれど、くれぐれも無理はしないように。


          愛を込めて ダニエル』
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