カタストロフィ
暴かれた傷跡
ダニエルの食事からデザートをなくすよう指示した翌日、ユーニスは朝早くから図書室に入り授業の準備をしていた。
怒りっぽい彼のことである、昼食が終わる時間帯にはここに文句を言いに来るだろう。
ユーニスの予想通り、13時を過ぎる頃に図書室のドアが荒々しく開いた。
「ユーニス・フレッチャー!使用人の分際でよくも僕からデザートを取り上げたな!」
昨日に引き続き使用人を強調して怒鳴ってくるダニエルに、ユーニスは不敵に笑った。
(さあ、今日の戦いの始まりよ)
「私の事は先生、もしくはミス・フレッチャーと呼ぶよう昨日お教えしたはずです。今日中に改めなければ、明日からはデザートだけではなく午後のティータイムも無しにします」
「な、なんだと!?」
さらに何かを削られるなど思ってもいなかったのか、ダニエルは声を裏返らせた。
「それからもう一つ。確かに私の身の上は使用人ではありますが、貴方の食事メニューに口を挟む権利を旦那様より頂戴しております。食事のみならず、貴方の教育に関することはすべて私が決めます。そこをお忘れなきよう」
「そんな横暴が罷り通るものか!!」
「女家庭教師とはそういう存在ですわ」
ショックを受けたように黙り込むダニエルを尻目に、ユーニスは彼のこれまでの生活について考え込んだ。
(こんな当たり前のことも知らないくらい、ダニエル様は女家庭教師と接して来なかったのね。ここに来た女性たちに根性が据わった人が一人もいなかったのはよくわかったわ)
それにしても、どれだけ性格が悪かろうと相手は子供である。
老獪な大人を相手どるよりよっぽどましだと思うのだが。
「今のままが嫌なら、私と一緒に勉学に励みましょう。やるべき事はやらず、欲しいものだけ手に入れようだなんて浅ましい考えですよ」
「……お前に何がわかるっていうんだ」
俯き、感情が抜け落ちたような声で呟くダニエルにわずかに苛立ちを感じ、ユーニスは棘のある声で言い返した。
「さっぱりわかりませんわ。別に食事を抜かれたわけでも、嫌いなものを食べるよう強要されているわけでもないでしょう。そんなに甘い物が食べたいならご自分で準備なさい」
「は??」
何を言われたのかわからないという顔で目を丸くするダニエルに、先ほどよりも強い苛立ちを感じる。
(これだから、苦労を知らないボンボンは嫌いなのよ)
普段なら上手く蓋をしているどす黒い感情が、じわじわと全身を蝕んでいく。
「お前は馬鹿なのか?僕が料理なんてするわけないだろう!」
「そうでしょうね。貴方では無理ですもの。ああ、技術の問題だけではなく根本的に、という意味ですよ」
ユーニスの言わんとしていることがわからなくても、馬鹿にされていることは言葉のニュアンスから伝わったらしい。
ダニエルは気色ばんで、ユーニスに詰め寄った。
「どういう意味だ?」
「貴方は欲しいものだけを要求し、それが当然貰えると思っていらっしゃる。嫌な事は突っぱねても許されると思っていらっしゃる。しかし、それらは貴方の意志の上に成り立っているものではありませんわ。貴方がシェフィールド家のご子息だから、そしてまだ小さな子供だから、わがままが許されてきたのです」