カタストロフィ
「ミス・フレッチャー、少しよろしいかしら?」
控えめなノックの後現れたのは、シェフィールド伯爵夫人、ジェーンであった。
授業の合間のアフタヌーンティーの時間にジェーンが子供部屋を訪れるのは初めてだ。
何かあったのかと慌てて礼を取るユーニスを制し、ジェーンは自分の分もお茶を淹れるようメイドに言いつけた。
「奥様、お呼び下さればこちらから伺いましたのに」
「たまには体を動かさないと。それに、貴女にお願いがあるのだもの。頼み事をするのに呼びつけるだなんて、いくらなんでも不躾だわ」
頼み事とは一体何か、検討がつかなかったユーニスはジェーンの言葉を待った。
「もうご存知でしょうけれど、来週の午後我が家でお茶会を開くの」
「存じております。メアリー様の社交界デビューの練習の場になるのでしたわね」
「そうよ。そろそろ他家のご令嬢ともお付き合いをした方が良いでしょうから」
ユーニスの視界の端には、大人の会話に混ざりたくてうずうずしているメアリーが映った。
出会った当初はどうしようもないお転婆娘だった彼女だが、最近ようやく我慢というものを覚えてくれた為、以前のように大人の会話に割って入ることはない。
だがやはり好奇心が疼くようで、こちらに向けてくる視線がいやに熱い。
「女学校に行かない以上、こういった機会がなければメアリーは歳の近い友人が出来ないわ。社交界で生きていくには良き友人が必要よ。だから、今度のお茶会は失敗出来ないの」
なんだか話しの方向性が見えないな、と思ったその瞬間、ジェーンが急に本題を切り出した。
「ミス・フレッチャー、メアリーのコンパニオンを務めてくださらない?」
驚きに目を見開き、ティーカップを片手にユーニスは固まった。
コンパニオンとは、雇い主の女性からお手当という名の報酬をもらい話し相手を務める女性のことである。
金銭的に雇い主に頼っているが、だからといって使用人と呼ばれるような立場ではない。
女家庭教師と同じような、社会的に独立した女性の立場になる。
「私が、ですか?」
ユーニスが戸惑ったのも無理はなかった。
女家庭教師が教え子を育てあげた後にコンパニオンになることは稀にあるが、自分には無縁だと思っていたのだ。