カタストロフィ
「あの、ダニエル様は社交界でどういった評価をされているのでしょう?実は、私の手を離れてからの彼についてはまったく存じませんの」
目を合わせて含み笑いをする二人を見て、なんだか嫌な予感がした。
ユーニスが感じた予感は、ほどなくして当たる。
「まるで第二のフランツ・リストよ。非公式だけれどファンクラブがあるの!」
「コンサートのチケットは常に売り切れだし、ミラノのスカラ座では彼の出待ちをしている女性も多いらしいわ。彼、パリにいた頃から有名だったのよ。今はすっかり落ち着いたけれど、学生時代の彼は10代にして社交界の華だったわ」
「そうそう、オスマン男爵夫人に、ド・グラス侯爵夫人、リシュリュー公爵夫人、噂になった女性はいずれも大物よ」
「20歳にもなっていない子供と恋愛なんて考えられないって思っていたけれど、彼って年齢に見合わない色気があるでしょう?ヴァイオリンの技術も凄いけど、あの美貌と艶っぽさは確かにインパクトがあるわ。あんな美少年に迫られたら私だって……」
「ちょっと2人とも、おしゃべりが過ぎるわよ。ごめんなさいね、ミス・フレッチャー。教え子のスキャンダルなんか聞きたくないでしょうに」
メルヴィル子爵夫人がピシャリと叱りつけるのをどこか遠くで聞きながら、ユーニスは呆然としていた。
顔から血の気が引いていくのがわかるが、それを誤魔化す言葉すら見つからない。
(高貴な女性と噂になったって、それも一回だけじゃないって……じゃあ、あの夜の告白はなんだったの?今まで送ってきた手紙は?あの日の口づけは?)
自分は熱烈に愛されている。
ダニエルは、自分だけを愛している。
長い時間をかけて愛を伝えられていたユーニスは、すっかりそう思っていた。
いや、それ自体は本当なのかもしれない。
だが、今知らされたことも本当なのかもしれないのだ。
急にダニエルが社交界で頭角を現したのは、ヴァイオリニストとして売れるようになったのは、高貴な女性たちの支援を受けていたから。
その可能性が無いとは言えない。
少なくとも、火のないところに煙は立たない。