カタストロフィ
凱旋
「先生、私の社交界デビューの時期が決まったわ。来年の6月の頭ですって!」
フランス語の授業が始まる直前に、メアリーは瞳を輝かせて報告してきた。
メアリーは今年15歳、来年のデビュタントの中では最年少にあたるだろう。
ここ2年ほどで、彼女の容姿は大きく変わった。
身長はユーニスと並ぶほど高くなり、胸も女性らしいふくよかさが出てきた。
もともと綺麗な肌であったが、ソバカスが少しずつ薄くなっていき、今や抜けるような白さである。
おしゃべりで飽きっぽく集中力に欠ける性格も、活発の二文字に収まる程度になってきた。
もう、どこに出しても恥ずかしくない立派な淑女である。
「まあ!とうとう大人の仲間入りをするのね……おめでとう」
しみじみと呟き、ユーニスは久しぶりに心から笑った。
これまでの人生でメアリーほど長く受け持った生徒はいなかったからか、感慨深いものがある。
「あなたを受け持って、もう7年も経つのね。時が経つのは早いわ」
ふと、ユーニスは自分が遠からずこの屋敷を去ることに気がついた。
社交界デビューを済ませたメアリーにはもう女家庭教師は必要無いし、シェフィールド家には教育が必要な小さな子供もいない。
別れの時が近づいていると、メアリーも気づいていた。
「フレッチャー先生、私、先生のことを歳の離れたお姉様だと思ってきたわ。ずっとこのお屋敷に居てくれるものだと……」
感極まり目を潤ませるメアリーを抱きしめて、ユーニスは優しく呟く。
「私もよ、メアリー。貴女は教え子であると同時に、大事な妹でもあったわ。次の勤め先が決まったら真っ先に教えるから、手紙を送ってちょうだい。私からも貴女に手紙を送るわ」
手紙の一言で、不意にダニエルのことを思い出す。
昨年の初夏に彼をきっぱり拒絶する手紙を送ってからというもの、しばらくはそれを無視するかの如く手紙が来ていた。
だがやがて手紙が来る頻度は減っていき、ここ最近は一通も来ていない。
彼もようやく諦めたのだろう。
これで良かったのだと思おうと努力しているが、ユーニスの心は日に日に荒みつつある。
(今だけ、きっと今だけよ。この嵐のような感情を辛く感じるのは。時間が経てば忘れられるはず)
「そうそう、ダニエルお兄様のツアーコンサートがもうすぐ終わるそうよ。来月の頭にはロンドンで最後のコンサートをして、終わったらこちらに来るんですって」