カタストロフィ
胃がぐにゃりと歪むような感覚に陥り、一瞬ユーニスは呼吸が出来なくなった。
「まったく、お兄様ったら全然連絡をくれないんだもの!演奏旅行のことは聞いていたけれど、いつどこでやるかなんて詳細は全然教えてくれないのよ。こっちから聞かないとなんにも言わないんだから。手紙だって一月に一回来れば良い方だし、本当に面倒くさがりで困るわ」
メアリーが語るダニエルと、ユーニスの知るダニエルはまるで別人だ。
彼は非常に筆マメだった。手紙は週に2〜3回、ユーニスが返事を書く前にどんどん送ってきたくらいだ。
それに、コンサートや新しい仕事が入るたびに詳細を教えてくれていた。
仕事のことだけではなく、出掛けた場所や食べた物、経験したこともつぶさに書いている。
きっと、それだけ心を許してくれていたのだろう。
少なくはない時間を自分に割いている、自分のことを考えてくれている、それが伝わっていたからこそ、ユーニスはダニエルに絆されつつあった。
このままだと気分が沈み、表情に出てしまう。
ユーニスは意識して、メアリーの社交界デビューに話しを戻した。
「ところで、ドレスの仕立てはどこに頼むのかしら?貴女この2年でかなり背が伸びたでしょう?まだまだ伸びそうだから、あんまり早く仕立てたらお直しが大変だわ」
「確かロンドンにお店がある……えーと……名前が思い出せないわ。何年か前のシーズンでお母様が知り合ったデザイナーの方にお願いしたの。お母様ったらその方をタウンハウスに何度もお招きしていて、その度に新作を作って貰っているのよ。去年何着か見せてもらったけれど、どれも素敵だったわ」
「そんなに素敵なの。来年が楽しみね」
明るい話題だけを提供し、楽しい未来のことだけを考えよう。
何かに取り憑かれたかのごとく、ユーニスはひたすらにそう意識した。
胸に巣食う負の感情からは目を逸らし、時間が流れるのをじっと待っていれば、いずれは何も感じなくなる。
そう信じて、いや、信じたかったのだ。