カタストロフィ
他に愛している人がいるなら、なぜ拒まないのか、流されるままに恋人ごっこを続けるのか。
どれだけ激しく詰られ、引っ叩かれ、泣かれたとしても、ダニエルは誰にも理由を教えなかった。
ユーニス以外の女性に優しくする気が無いダニエルだが、取り巻く女性たちを必要以上には傷つけないでいたいという一線を彼なりに持っていたのだ。
(さすがに言えなかったな……ちゃんと女性を抱けるか試したかっただけだなんて)
幼い頃に女家庭教師から性的虐待を受けたダニエルは、それ以降性的なものを一切受け付けなくなっていた。
とりわけ性行為はトラウマを呼び起こす一番のトリガーであったため、想像することすら出来なかったのだ。
ユーニスに恋心を抱き、異性としての欲望も感じるようになるにつれ、彼が心配したのは自身の男性機能であった。
ユーニスに触れたい、抱きたい、そう思うと同時に、自分がとんでもない犯罪に手を染めているかのような感覚に陥り、彼女のドレスのボタンに手をかける想像をしただけで発狂しそうになった。
どうにかして、男性としての機能を復活させたい。
そう願っていたダニエルにチャンスがやってきたのは、パリ高等音楽院最終学年の頃だった。
オスマン男爵夫人のサロンに出入りするようになり、ダニエルはすぐに夫人の目つきが妖しいことに気づいた。
夫と不仲でどの愛人とも長続きしなかった彼女はまだ少年だったダニエルの色香にやられ、体の関係を迫ってきたのだ。
いざそういう空気になったら吐くのではないかと危惧していたダニエルだが、結果的には杞憂であった。
オスマン男爵夫人のアプローチは露骨なものではなく、きちんとダニエルに断る余地を与えていた。
その軽やかさが精神的負担を減らしたのと、彼女の黒髪がダニエルの心を突き動かした。
ユーニスを思い起こさせる、艶やかで豊かな闇色の髪。
顔を見なければ、ユーニスを抱いていると思えるのではないか。
そんな打算もあり、クリスマスの夜、パーティーを抜け出したダニエルは初めて自分の意思で女性を抱いた。
シーツに波打つ髪を見ればまるでそこにユーニスがいるようで、恐怖心を忘れたダニエルは求めるままに腰を振った。
情事の最中、何度かキスをねだられたが聞こえていないふりをして流した。
そんなダニエルの態度に思うところがあったのか、オスマン男爵夫人は翌朝から余所余所しい態度を取るようになった。