カタストロフィ
彼女との交流はわずか一月ほどで終わった。
最初はダニエルの美貌と才能に熱を上げていたオスマン男爵夫人であったが、ベッドを共にしてもダニエルが態度を変えなかったこと、3回目の情事の後にうっかりダニエルが「ユーニス」と呼びかけてしまったことが決定打となった。
それ以降プライベートで会うことはなくなり、彼女と疎遠になるのと同時に、新しいパトロンであるド・グラス侯爵夫人と出会った。
そこでも求められるまま夜の付き合いをこなしたが、侯爵夫人は今までダニエルが出会ったことのないタイプであった。
知的でユーモラスだが遠慮なしの毒舌家であり、夜着の脱がし方から肌の触れ方まで事細かに指導してきたのである。
ユーニスならこんなことは言わないだろうな、と妄想に浸りかければそれを見抜き、〝頭の中の女ではなく、今目の前にいる生身の女の相手をなさい〟と叱責された。
そして事後には〝人生で一番つまらなくて、無意味な情事だった〟と評し、〝もうあなたとは寝ない〟と宣言したのである。
結果として、一回体は重ねたものの、ダニエルとド・グラス侯爵夫人は友人として付き合うようになった。
ダニエルが不毛な恋をしていることを知った侯爵夫人は、その恋を応援すべくあちこちのサロンに彼を連れ回したのだ。
終始一貫して本命の女性だけを大事にする姿勢は、残酷だが誠実である。
そう言って、侯爵夫人は歳の離れた友人としてダニエルを遇するようになった。
ダニエルもまた、自分に負けず劣らずの直截的な物言いで毒っ気のあるこの貴婦人のことが気に入っていた。
彼女の知性の高さにはひたすら感服し、その美的センスには尊敬の念を抱いた。
恋愛感情以外のありとあらゆるプラスの感情を抱くくらいには、ド・グラス侯爵夫人に好感を持った。
このままずっと支援してもらおうとしていたが、夫人が病を患ったことで関係は終わりを迎えた。
そして彼女の紹介でリシュリュー公爵夫人と出会い、ダニエルは最後のパトロンを捕まえることとなる。
幼なじみに20年近く片想いをしていた公爵夫人は、ダニエルと出会い話しをしたその瞬間に彼の気持ちを見抜いた。
そして2人は世間で噂されるような爛れた関係ではなく、報われない恋に悩む同志として支え合ってきたのだ。