カタストロフィ
「……は?」
アンが言ったことが理解出来ず、ダニエルは愕然とした面持ちで彼女を凝視した。
そばかすだらけの顔をキョトンとさせ、アンは繰り返した。
「ですから、来年にはフレッチャー先生はここを去るでしょう?あれ、もしやご存知ない?いやいやまさか、そんなはずないですよねぇ。最近こそペースが落ちていたけど、凄い頻度で文通なさってましたよね。私が何回郵便局と屋敷を往復したことか……」
意識が遠のいていく中、ダニエルは今し方アンが言った一言に衝撃を受けていた。
メアリーはもう子供ではなく、一人前の淑女と呼べる年になった。
ならば、彼女の教育係であったユーニスがここを去るのは当たり前のことである。
だが、ダニエルはすっかりそのことを失念していた。
いつまでも、ユーニスはこの屋敷にいると思っていたのだ。
(なぜ思い至らなかったんだ!なぜこんな当たり前のことが頭から抜けていた!?いや、それよりも)
ユーニスがこれから先どうするのか、何も教えてもらえなかった。
それこそが一番の問題である。
先日の誤解に満ちた手紙を送る前の彼女なら、いつ頃辞めるかくらいは教えてくれたかもしれない。
「ダニエル様、カバンはここに置いておきますね。何か御用がありましたらお呼びください」
カバンをベッドサイドに置くなり、ちゃきちゃきとアンは部屋を出て行った。
一人きりになると、急激に苛立ちと焦燥感が込み上げてくる。
「まったく、どうしたものだか」
とりあえず会って、きちんと話しをしなければならない。
直接言葉を交わさない限りは何も解決しないだろう。
問題はどうやってユーニスと会うかである。
贈り物だけではなく手紙ですら頑なに受け取ろうとしない彼女の心を解きほぐすのは困難だ。
真正面から部屋を訪れたところで、会ってはくれない可能性が高い。
ふとダニエルの頭に浮かんだのは、外道ともいえるようなやり口であった。
失敗すれば今度こそ二人の関係が終わるような、危険な方法である。
逡巡したのは一瞬であった。
ダニエルにとって、どんな高いリスクを背負ってでも諦めきれないのがユーニスなのだ。