カタストロフィ
〝お前が女家庭教師だからだよ〟
昼間、図書室を出て行く直前にダニエルが吐き捨てた言葉の意味を考え、ユーニスは頭を悩ませた。
あれは一体、どういう意味だったのか。
(信用出来ない理由にそう答えるということは、ダニエル様は昔女家庭教師と何かあったのかもしれない。それも、酷い人間不信になるような何かが)
しかし、勤める前にシェフィールド伯爵はそのようなことは一言も言っていなかった。
また、メイド達や従僕達からもそういった類の噂は聞き出せなかった。
(みんな、私に何か隠している?それとも、限られた人しか知らない?後者の方が可能性か高いわね。それにしても、一家の主人であり父親であるシェフィールド伯爵がダニエル様が変わった理由をご存知ないなんて考えられないわ)
広大な屋敷が沈みゆく太陽に赤く照らされるのを眺めながら、ユーニスは中庭のベンチから立ち上がった。
もう一度シェフィールド伯爵と話しをしたいと考えるも、ユーニスは一瞬で諦めた。
今は社交シーズン中、それも最も盛り上がっている期間である。
そんな時にわざわざロンドンから、ヤンガーサンに過ぎないダニエルの為に領地に戻ってくるはずがない。
(手紙を書くしかないわね。返事が来るより先にシーズンが終わるかもしれないけれど)
夕陽の朱がいよいよ濃くなり、本格的に夜の帳が下りようとしてきた。
もう少しで夕食の時間である。
そろそろ屋敷に戻ろうと中庭を出たユーニスだが、視界の端に見慣れたシルエットが入り込む。
ダニエルが、足早にどこかへ行こうとしていた。
(また何かやらかすつもり?現行犯で捕まえて、うんとお説教してやる!)
特別踵の高い靴を履いているわけではないが、それでも音が鳴らないようつま先でソロソロと歩き、ユーニスはダニエルの跡をつけた。
ダニエルが突き進んでいくのは、普段ユーニスが足を踏み入れることのないエリアだった。
シェフィールド伯爵夫妻が使う主寝室がある棟に向かっているのかと思いきや、ダニエルは途中で小さな中庭に入っていった。
背の高い生垣が続き、少しでも離れたら姿が見えなくなるため、ユーニスは必死でついていった。
辺りの空気がどこか湿り気を帯びてきた。
水辺が近いのかも、と予測したその時、ザパッと水飛沫が上がる音がした。
まさか、と思いダニエルが行った道を辿ると、生垣の先には池が広がっていた。
夕陽に照らされた水面に、ダニエルの豪奢な金髪が浮かぶ。
「ダニエル様!?」
考えるより先に、ユーニスは靴を脱ぎ捨てた。
胸元を結ぶリボンを解いて手に持ち、迷わず池へ飛び込む。
思ったよりも水深は深く、背が高いユーニスでもまったく足がつかない。
(早く、どこかにリボンを!)
ユラユラと揺蕩うダニエルの細い腕にリボンをかけてきつく結ぶ。
あまり手間取らずに出来た事に安堵し、ユーニスは結びつけたリボンを掴むと力一杯水を蹴った。
右手で大きく水をかきわけ、水面から顔を出した瞬間、水を吸ったドレスの重みに負けそうになる。
(ほとりまであと少し!)
右腕を引っ掛けて体を支え、左腕だけでダニエルを水上に引き上げようとするが、うまくいかない。