ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
夕方になりエスターが帰って来ると、シャーロット令嬢は「とても良い子でしたのよ」とシャルの話をした。

 話を聞き終えると、エスターはシャーロット令嬢を見据え柔らかな口調で言った。

「今日はありがとう。だが申し訳ないけれど、この家にはドロシーもクレアもいる。貴女にいて貰わなくてもいいんだ、馬車を用意してあるから侯爵家に戻ってくれないか」

「そんな……」
思っても見なかったエスターの言葉に、シャーロット令嬢はふらっとよろめいた。

「だいじょうぶですか?」
そんな彼女に心配そうに声を掛けたシャルを、シャーロット令嬢は抱きしめる。

「ありがとう、シャル様」

シャーロット令嬢が離れると、突然シャーロットが人形のような表情になり、話出した。

「エスターさま、シャルはいやです。シャーロットさまがいないと……さみしいのです」

シャルの言葉にエスターは驚いて彼女を見た。

「……そうなの?」
「はい……いて……ほしいです」

 本当に寂しそうな顔をしているシャーロットに言われては、エスターも無理に帰れとは言えなくなった。






 夕食はエスターとシャル、シャーロット令嬢の三人でとることになった。

 シャーロット令嬢は昼間と同じ様に、『シャーロット』の席に座ろうとする。
それに気付いたエスターは冷たい笑みを浮かべてシャーロット令嬢に告げた。

「すまないが、そこは僕の妻が座る席なんだ」

 エスターはそう言うとシャルを優しく抱き抱え椅子に座らせる。
突然エスターに抱き抱えられたシャルは、シャーロット令嬢をチラリと見て、怯えたように下を向いた。

「あら、私とした事が……申し訳ございません……ふふふ」
引き攣った顔をしたシャーロット令嬢は、その向かい側に座る。

 夕食時はエスターが甲斐甲斐しくシャルに食べさせ「美味しい?」と甘い声で聞いている。
シャルは真っ赤になりながら「は、はい」と返事をしている。その様子を苦々しくシャーロット令嬢が見つめていた。
夕食を終えると、終始不機嫌だったシャーロット令嬢は客間へと戻った。

 ドロシーがシャルを連れてお風呂へと向かう。それを見届けたエスターは、ジェラルドとダンに「ちょっと僕の部屋に来て」と告げた。

 二人が部屋に入ると、長椅子に座って待っていたエスターは見上げるようにして、ジェラルドに聞いてきた。

「シャルの手が少し赤くなっていたけど、何があった?」

冷然と言い渡すエスターに、ジェラルドは目を見開いた。
 私はドロシーに聞くまで分からなかった、いや、聞いてから彼女の手を見たが全く分からなかったのだ。さすが竜獣人だな……

「実は……」

 今日昼間にあった事を話すと、エスターは顔を顰めた。

「やっぱりシャルが嫌だと言っても無理に帰せばよかった……あの人僕の事嫌いだからって、シャルに当たっているのかな⁈ 」

「……は?」
「えっ?」
ジェラルドとダンはエスターが言った事が分からなかった。 二人ともに間抜けな顔をしている。

「だから、バート侯爵令嬢は僕の事が嫌いだから、妻のシャーロットを代わりに虐めているんじゃないのかって事だよ」

分からないのか? 二人とも僕より大人だろ?とエスターは呆れている。

「お言葉ですが、エスター様、なぜバート侯爵令嬢がエスター様を嫌われていると思われておいでなのですか」

「それは……いつも睨まれているからね」

以前からだけどね、見上げるように睨まれるんだ、目が合うとさらに強く睨まれるんだよ……とエスターは言う。

 ジェラルドは唖然とした。横にいるダンは頭を抱えている。

 ローズ様から聞いていた通りだ。この方はシャーロット様以外の女性は認識されていない。

 マリアナ王女様がエスター様をお好きな事は有名だったが、バート侯爵令嬢様もカタルチア侯爵令嬢様もエスター様に夢中だと誰もが知っていたと云うのに……

それに、バート侯爵令嬢様は睨んでいらしたのではなく、見つめていらしたのではないだろうか……


「僕がいない時はシャーロットから目を離さないで」
「はい、それはどちらの?」
「シャーロット、くそっ紛らわしいな、シャルだ、僕のシャーロットの方。頼んだよ、僕最近休み過ぎて父上にもう休むなと言われているんだよ」

「ですが、エスター様が出掛けられると、シャル様を連れて客間に入り、鍵を掛けられてしまうのです。中には入れて貰えず、強く言うことも出来ません」
「……何で」
「いろいろ教えてくださっているらしいのです。時折笑い声も聞こえてきますから、問題はないかと思うのですが」
「……分かった」

 それだけ話すとエスターは部屋を出て、何故かジェラルドの部屋へ行こうとする。

「エスター様? そちらは私達の部屋ですが」
「……一人で寝るのは嫌だ」
「はっ?」
「……シャルと一緒に寝たい」

 青い瞳を潤ませるエスターに、ジェラルドは「分かりました」と言うと、二人を引き連れてダンの部屋へと向かった。

「なんで俺の部屋に行くんだよ!」

 ダンが騒いでいるがジェラルドは気にも止めない。
部屋にいたクレアにドロシーのもとへ行くように伝えると、男三人でダブルベッドに横になる。
細身に見えるが、共に体格のよい三人が横になるとかなりベッドは狭くなった。

「男と寝るのは嫌だ」

 エスターがベッドから出ていこうとするその腕をダンが捕まえた。

「うるさい、お前のせいで俺までクレアから離されたじゃないか!」
屋敷の主人に上からものを言うダンは、今はエスターに雇われているが、騎士としては先輩だった。

「エスター様もダンも静かに寝なさい」

一番歳上のジェラルドが目を瞑ったまま低い声で言う。

「嫌だ、僕は別に寝なくてもいい」
「ねろっ、一人で寝るのは嫌だと言ったのはお前なんだよ!」
「ああっシャーロット……シャルゥ……」





ーーーーーー*



 その頃、ドロシーとクレアと共にベッドに入っていたシャルは、すっかり夢の中にいた。

「ねぇ、クレアどう思う?」
「……シャーロット令嬢ですか?」
「うん、それもだけれどシャーロット……シャル様よ。昼間、バート侯爵令嬢にあんなに叱責されたのにその後も嫌がる事もないし……それに、どうしてご両親の事を聞いて来ないのかしら」

 六歳にしては聞き分けが良すぎるのではないか……ドロシーは思っていた。
もっと親を恋しがってもおかしくはないのだ。昼間のシャーロット令嬢のような怒る大人を怖がって泣いても……


「そうですね、『時戻り草』を使った人に会ったことがないので何とも言えないのですが……本当は記憶があったりしませんよね?」

「えっ⁈ だって、起きてすぐに聞いた時は私達の事もエスター様の事も分からないって言っていたわよ?」

「もしかして後から思い出した……とか、無いでしょうか」
「まさか……」

 二人は寝ているシャーロットの顔を見る。
うつ伏せでスヤスヤと眠る彼女はただの子供にしか見えない。

「もし思い出していたとしたら、私達に教えるでしょう? それにバート侯爵令嬢を引き留める理由も分からないわ」
「やはり、覚えていらっしゃらないということですか」

「そうね……」
< 106 / 145 >

この作品をシェア

pagetop