ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
( どうしよう……)
一人になった途端不安になってしまった。
私は、こういった場所に来るのは初めての事だった。不安と人の多さに緊張してしまう。



 しばらくすると再び扉が開いた。
音楽がピタリと止み、踊っていた者達も皆、そちらに目を向けた。

 そこから、エリーゼ王女様とマリアナ王女様が、二人同じ青いドレスを着て登場された。
優雅に微笑み挨拶をされるお二人に、皆拍手を送っている。
エリーゼ王女様が手を挙げると、ピタリと拍手は鳴り止んだ。

「本日は急にお呼び立てしたにも関わらずよく来てくださいました。実はお茶会とは名ばかりの、出会いの場を設けさせていただきました。最初は誰しも恥ずかしいものでしょう? だから仮面を着けて貰う事にしましたの。コレなら素顔がわからない分恥ずかしくもなく、内面から知り合えるのではなくて? うふふ……」
エリーゼ王女様は楽しそうに話をされた。

「此処にいらっしゃる殿方は、身持ちのしっかりとした方ばかりです。私達が紹介するのですから、令嬢方も心配せず、お話されてね」

 可愛らしい声でマリアナ王女様が話終えると、再び音楽が流れ始めた。
王女様達は近くにいた男性の手を取り、話を始められた。

 出会いの場なんて聞いてない、ただのお茶会ではなかったの?
私には婚約者(エスター)がいる、こんな場所にいる事を彼が知ったらどう思うか……。

 何とか私も帰らなければ、とホールの奥にあるもう一つの扉へと向かった。
( 確かこちらから庭の方へ抜けていけるはず……)

人混みを避けながら向かっていると

「私と踊って頂けますか?」

黒髪の男性に声をかけられてしまった。

「いえ、私は……」

 断ろうとする私の手をスッと取り、あっという間に腰に手を回された。瞬間に体を嫌悪感が襲う。

「あの、困ります。私……」
「一曲だけ、ねっ、可愛い人」
「か、可愛くなんて……それに私、踊れません」

嫌がる私を連れて、男性は楽しそうに踊る人の輪に入っていく。

「では、私に任せて」
「ちょっと待って」
「大丈夫ですよ」

 抵抗も虚しく、私は軽々とステップを踏む男性と踊ることになってしまった。


 エスターともまだ踊った事がないのに、こんな仮面を着けて、顔も分からない人と踊る事になるとは……。

「上手ですよ、踊れないなんて嘘だね」

 一つ曲が終わり、ようやく手を離してもらえた。
私はすぐに男性から離れようとしたが、またすぐに手を取られてしまう。

「飲み物でもいかが? 何をそんなに急いでいるのかな?」

 男性は、近くにいたメイドが運んでいた飲み物を取ると、私の手を引いて壁際へと移った。

「はいどうぞ、喉渇いているでしょう?」
 
 差し出された飲み物は、赤く澄んだ色をしていた。
初めて見る色の飲み物だ、見れば周りの令嬢達も同じ物を飲んでいる。

「みんな飲んでいるよ?」
「はい……」

 喉が渇いていた私はそれを受け取り一口飲んだ。
ほんの少しだが、ザラリとした物が喉を通る。
なんだろう、嫌な感じがする……。

そのまま飲まずに手に持っていると、男性が話しかけてきた。

「私はカイン……子爵だよ。よければ君の名前を教えてくれないか?」
「私……」

 子爵……王女様達は身持ちの確かな方たちだと言っていた。聞かれれば答えない訳にはいかないだろう。もし、誰かに名前を聞かれるような事があればレイナルドを名乗る様にと、出掛ける時にローズ様に言われていた。

「シャーロット・レイナルドです」

「レイナルド……へぇ」

 カイン様はなぜか口角を上げる。
レイナルド公爵には娘はいないことは誰もが知っている。それならば、私がどちらかの婚約者だという事は分かったと思う。

「それ、飲まないの?」
カイン様は私が手に持っていた飲み物を指差した。

「甘すぎて……」
「そう? じゃあ私にくれる?」

彼は私の手から飲み物を取り、それを一気に飲み干すと べ、と舌を出した。

「うわ、確かに甘いね。それにコレは何か入っているようだ」

やはり、そうだったのか……少し飲んでしまったが大丈夫かな……。

 男性は、「お水を貰おう」と言うと、メイドに水の入ったグラスを持って来させ、私にも渡してくれた。
カイン様が先にくっと飲んだ。
「大丈夫、ただの水だよ」

それを見て、私も一口飲む。
確かにお水だ、私はグラスの半分程を飲んだ。

カイン様は私が飲んだのを確認すると、ふふっと笑みを浮かべた。
…………?

「ねぇ、君はレイナルドの『花』だろう?」

「え……なぜそれを?」

『花』の事は獣人、それも成人を迎えた、ある一定の者しか知らないはずの事だった。

「実はね、この茶会は君を捕らえるためだけに開かれているんだよ」

「捕らえる⁈ 」

「マリアナ王女様はまだ、エスター令息を諦めてはいないらしいよ」

「そんな……」

「君がいなくなれば、と考えているようだ。彼女も諦めが悪いね。そして君も運が悪い、彼女に目を付けられてしまったんだから」

「あなたは、私にどうしてそんな事を教える……の」


「私? 知りたい? 知らない方がいい事も世の中にはたくさんあるのに……」
 


 彼が最後に口にした言葉は、私の耳には届かなかった。




ーーーーーー*



 カインは眠ってしまったシャーロットの肩を抱くと、マリアナ王女に目を向ける。
大きく頷きほくそ笑む王女に、軽く頭を下げた。
< 55 / 145 >

この作品をシェア

pagetop