ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
ーーが、ある日事態は急変する。


 エスター様が知らない女と婚約したのだ。突然現れたその女は男爵令嬢、それもメイドをしていたという。
何故マリアナ王女様はエスター様と婚約出来なかったのだろう? 王女様が男爵令嬢に負けるなんて……
 
 マリアナ王女が怒りに震えながら、何故かシャーロット嬢に扇子を突き付けてきた。

「その女の名前は、あなたと同じ『シャーロット』という名前なのよっ! はあっ、忌々しいっ!」

 扇子を目の前に突き付けられながら、シャーロット嬢は違う事を思っていた。
( ……同じ名前? では、エスター様はあの声で私の名前を呼ぶのね……)

 怒られているのに、何故か笑みを浮かべているシャーロット嬢。それを見たマリアナ王女の苛立ちは収まることをしらず「あの女との婚約など、取消して見せるわ」と捲し立てた。

 その後なぜかマリアナ王女様の部屋が壊れた事があった。同じ頃、王女様はエスター様の服を貰ったのだと私達に見せびらかしながら、もう少しで彼は私と婚約するの、と笑っていた。

 その後直ぐに、マリアナ王女はお茶会を開いた。


その茶会での事……

「お嬢様、シャーロットお嬢様、こちらへ是非来て下さい‼︎ 」

 その日一緒に来ていた、バート侯爵家で昔からシャーロット嬢に仕える侍女が、嬉々として叫んだ。

 呼ばれて向かったのは、小さな部屋で自分よりも爵位の低い者達専用の控室。まるで犬小屋の様な場所だわ、とシャーロット嬢は思っていた。

「これです!」

 そこには一着のドレスが置いてあった。
淡い黄色地に銀と青の刺繍が施されている、どこかあの方を思わせる様な美しいドレス。

「これは特殊な古代文字が入っています。ハッキリとは読めませんがエスター様の名前と『シャーロット』と書かれています。コレならお嬢様も着る事が可能です!」

エスター様の名前……そう聞いて一瞬手を伸ばそうとするがやめた。なぜならこのドレスは先程見た、男爵の女が着ていた物なのだ。

「……着ないわよ、なぜ私があのような女の物を……」

そう言いつつも目はドレスから離れなかった。

……欲しい……エスター様の名前が入っているのならば……欲しい。

「着ないけれど、持って帰るわ」

 シャーロット嬢は『彼の名前が入ったドレス』を屋敷へと持って帰った。

 自分の部屋の壁に掛け、毎日のように眺めた。
眺めていると不思議な事にこのドレスは、あの女の物ではなく、自分の物ではないかと思うようになってきた。

 私の物なら一度、着てみようかしら……

 一人でコッソリと着てみたが、残念ながらサイズが合わなかった。無理矢理引っ張ったせいで背中のボタンが飛んでいき、脇の縫い目が裂けてしまった。

「ふん、どうせ貧乏男爵の娘、碌な物を食べていないから骨の様な体なのよ」

 少しふくよかな体形のシャーロット嬢は、破れたドレスをまた壁に掛け戻した。


 それから数日が過ぎた頃、マリアナ王女が隣国の王子様と結婚することが決まったと、父親から知らせを受けた。

「あんなにエスター様だけだと言っていたのに……結局婚約する事も出来ずに……まぁ王女様だものね、好きな人と結婚出来る訳では無いわね。……ふふふ……ならば、私はもう気持ちを抑えなくとも良いのではなくて? 彼はまだ婚約しているだけなのだし……」

 腕を伸ばし高い位置からカップに茶を注ぐ侍女に向け、両肘をテーブルに付き頬杖をしながらシャーロット嬢は言った。

だが、ティーカップをシャーロット嬢の前に置きながら侍女は目を伏せた。

「お嬢様、残念ですがエスター様は結婚式を行われます。その日取りが先程分かりました」

「……いつ⁈ 」

「二週間後で御座います。なんでもオスカー様も婚約されたそうで……」

「オスカー様はどうでもいいのよ」

 素知らぬ顔でシャーロット嬢はカップを手に取るとお茶をコクリと飲む。

「そ、そうでございますか……」
侍女にはオスカーもエスターもどちらも似た様に見えていた。エスターがダメならオスカーでも良いのではないかと思っていたのだ。
( 何が違うのだろう?……私には違いがわからない……)

 シャーロット嬢はゴクゴクとお茶を飲み干し、出されていたお菓子をパクパクと食べる。それを見て侍女は慌ててお茶を注ぎ足した。

と、急に手を止め、遠い目をする。

「私のエスター様は結婚してしまわれるのね……」

 茜色の目に薄っすらと涙を浮かべ、またお菓子を一口食べるとほう、とため息を吐いた。

そんなシャーロット嬢を見て、長年支えてきた侍女は「まだ、チャンスがあります」と話。

「チャンス?」
「実は、旦那様がちょうど役に立ちそうな物を手に入れられているのです。それを利用しては如何かと……」
侍女はシャーロット嬢に耳打ちをする。

「……それを使ったとしてどうなるの?」

「コレを使ってしまえば、夫婦としては形だけとなりましょう」
「形だけ?」

「そうでございます。この国では王様と獅子獣人以外は重婚出来ませんが、相手に何らかの事情があれば、他の者も子孫を残す為、もう一人妻を娶る事が許されています。まぁ書類の上では二番目になりますが、もう一人が女として役に立たぬのであれば、事実上本妻は二番目の者になるのです」

「……まぁ、では私がそこに入ると言う事なのね」
「そうです、侯爵令嬢が男爵令嬢の次というのは我慢なりませんが仕方ありません」
「けれど、エスター様は私と結婚したいと言われるかしら……」

カップの縁を指先で円を描く様にぐるぐると回しながら、シャーロット嬢は自身なげに言った。

「大丈夫です、お嬢様の魅力に惹かれない殿方などおりません」

侍女の視線はシャーロット嬢の豊満な胸へと向けられている。

「そ、そうね!」

二人は互いを見つめほくそ笑む。

「ならば式が終わり、ひと月程過ぎた頃に結婚祝いを贈ることに致しましょう……少し油断した頃が良いでしょう? 誰が持っていくか…… エスター様は騎士様ですからね……あの者が適任かと思われます」

 侍女はニヤリと笑った。

騎士に信用される者……考え付いたシャーロット嬢は大きく頷いた。

「ああ、そうねあの者なら私の為に動いてくれるわね、確かに上手くやれそうだわ」
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