アンドロイド・ニューワールドⅡ
「…」

『いや〜、バレンタイン楽しみだね!今年のトレンドは、フォンダンショコラだよ瑠璃華ちゃん!』

「…」

『あ、そうだ。この間送ったカカオ豆は元気?』

「…」

『まさか、チョコレートをカカオ豆から作りたいなんて!瑠璃華ちゃんも、一端のチョコレーターになったよね〜!私は嬉しいよ!』

と、久露花局長はあれこれと喚いていましたが。

「…」

と、私は相変わらず無言でした。

全部聞こえていませんでした。

聞こえていたら、チョコレーターとは何ですか、くらいは言っていたかもしれません。

しかし、聞こえていないので、私は何も言いません。

そして久露花局長もまた、私が何も聞いていないことに、気づいていません。

ただひたすら、バレンタインについて熱く語っています。

両者、良い勝負です。

しかし、その間に挟まれた、朝比奈副局長は。

『…?瑠璃華さん、どうしました?』

と、私の不調に気づいて、声をかけました。

しかし、私も久露花局長も、そんな朝比奈副局長の気遣いには、全く気づいていません。

『去年はチョコテリーヌがトレンドだったからね〜。今年はフォンダンショコラ。来年は何かな〜』

「…」

『ちょ、ちょっと久露花局長。瑠璃華さんの様子、おかしくないですか?』

『プロフェッショナルチョコレーターの私の予想によると、来年はチョコブラウニーだね!』

『チョコブラウニーは良いですから!それより、瑠璃華さんを』

「…スリープモードに入ります」

『え!?どうしたんですか瑠璃華さん!?』

と、副局長は、スリープモードに入った私を、ぎょっとしてモニター越しに見つめました。

『新世界アンドロイド』がスリープモードに入ることは、本来滅多にないことですから。

朝比奈副局長が、ぎょっとするのも当然です。

しかし、久露花局長は。

『再来年は何だろう!?私ほどのチョコレーターにもなると、二年前からバレンタインの予想をするのは当然だよ!ズバリそんな私の、再来年の予想は…チョコシフォンケーキだね!』

『久露花局長、ドヤ顔でバレンタインの予想をしていないで、瑠璃華さんを見てください。様子がおかしいです…!』

『チョコレートは世界を救う。バレンタインは、世界平和記念日だ!』

『久露花局長!』

と、久露花局長と朝比奈副局長は、全く噛み合わない会話をしていらっしゃいました。

が、勿論私には聞こえていません。

八方塞がりとなった朝比奈副局長は、ごくりと生唾を呑み込みました。

『こ、こうなったら…無理矢理にでも…!』

と、副局長は言いながら。

研究室の棚の上に置いてあった、花瓶を手に取りました。

そして。

『久露花局長…失礼しますっ!』

と、朝比奈副局長は言いながら、花瓶の中の水を、久露花局長の頭の天辺からぶち撒けました。

『やっぱりチョコレートはさいこ、って、冷たぁぁぁっ!?』

『ごめんなさい局長。でも、正気に戻ってください。今はチョコレートどころじゃありません!』

と、副局長は心底申し訳無さそうに言いました。

すると。

この、朝比奈副局長の荒療治が効いたのか。

『…あれ?どうしたの?翠ちゃん…あ、瑠璃華ちゃんまで』

と、局長はポカンとして、しかし正気に戻りました。

さすが副局長、と思うところでしたが。

やはり、私の耳には届いていませんでした。
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