アンドロイド・ニューワールドⅡ
その後私は、図書館に戻って午後いっぱい、奏さんの夏休みの宿題に、お付き合いさせて頂きました。
 
とても有意義な時間でした。

「今日はありがとうね、瑠璃華さん」

と、帰り際、奏さんは言いました。

「宿題、色々教えてもらって…。相変わらず、瑠璃華さんは教えるのが上手いね」
 
「ありがとうございます」

と、私は答えました。

奏さんは物覚えが良いので、教えるには苦労しない生徒です。

それより私は、朝、途中退席してしまったお隣の夫婦喧嘩の行く末が気になりますね。

あの後、どのような経緯を辿ったのでしょう。

今頃、仲直りしているのでしょうか。

あそこまで拗れた夫婦喧嘩が、どのような幕引きを演じたのか、それを聞き損なったのが、唯一悔やまれる点です。

「…それと、瑠璃華さん」

と、奏さんは言いました。

若干、真剣な眼差しで。

「何でしょうか」

「もう、無謀に辛いもの食べないようにね」

と、奏さんは言いました。

まだ心配してくれているのでしょうか。申し訳ないです。

「分かりました。私に肝はありませんが、肝に銘じます」

「それから、瑠璃華さんも真面目に夏休みの宿題をやろう。ちゃんと宿題をやって、二学期を迎えよう」
 
「分かりました。やはり私に肝はありませんが、肝に銘じます」

「うん、宜しく」

と、奏さんは言いました。

そのときには、奏さんは笑顔でした。

「毎年、夏休みなんてつまらないと思ってたけど…。今年は瑠璃華さんがいたから…」

と、奏さんは呟きました。

…私がいたから?

「楽しい夏休みだったよ。こんなに楽しい夏休みは、家族が生きてたとき以来だ」

と、奏さんは言いました。

「…そうですか」

「瑠璃華さん、夏休みは…家族のところには帰らないの?」

「そうですね。帰省の予定はありません」

と、私は答えました。

帰る理由がありませんからね。第4局から呼び出しを受けた訳でもありませんし。

「そっか…。寂しくない?」

「『新世界アンドロイド』に、寂しいという感情はありません」

「…そう。羨ましいな…」

と、奏さんは言いました。

羨ましい、ですか?

人間の感情を学ばなければならない私にとっては、寂しいという感情を知っている奏さんの方が、余程羨ましいですが…。

しかし奏さんにとっては、寂しいという感情は、知らない方が良いことのようです。

世の中には、知らない方が良いこともたくさんある、ということなのかもしれません。
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