trade
冬が近付いた頃から、蒼君と連絡が取れなくなった。
蒼君の携帯番号が、現在使われていないと、アナウンスが流れるようになった。
初めは、携帯料金を滞納して、回線を強制的に解約されたのだろうか?なんて思っていたけど。
アルバイトで貯めたお金で、私は新幹線に乗り、
蒼君の働く工場へと出向いた。
「ああ…。
武田蒼だろ?
先週、急にうちを辞めるって電話が有って。
んで、部屋の荷物も、こっちで処分しといて欲しいって一方的に言われてさ。
本当に、色々迷惑してんだよ」
蒼君の同僚なのだと思う、二十代後半くらいの男性が、私にそう説明してくれた。
「蒼君、どこ行ったのでしょう?」
そう必死に訊く私に、さあ、と首を傾げている。
「多分、あいつ、君の他に女居たと思うよ。
時々、夜出掛けてたから。
俺、蒼と部屋隣だから、けっこう出入りしてるの分かるんだよ」
その言葉は、本当に寝耳に水で。
蒼君に他に女が居たなんて、考えてもみなかった。
「蒼、男の俺から見ても、綺麗な顔してるからな。
事務の女の子達も、蒼のファンだし」
一体、この人は何を言いたいのだろう?と思うけど。
ああ。
私は遊ばれていて…。
突然居なくなったのも、蒼君は他の女の子の所に行ったんだ、とか、
そういう事を言いたいのだろう。
それを遠回しでハッキリと言わないのは、この人なりの優しさなのかもしれない。
「―――ありがとうございます」
その人にそう頭を下げて、私はその工場を後にした。
今まで、蒼君が女の子にとてもモテていた事は、なんとなく知っている。
なんとなくなのは、私は中学生で、彼は高校生で。
蒼君が学校でどう過ごしているのか迄は、分からないから。
ただ、バレンタインの日は沢山のチョコを持って帰って来た、蒼君。
そのチョコレートを、蒼君と私は一緒に食べて…。
そうやって、私はずっと蒼君の一番近くに居たから、
他の女の子に蒼君を盗られるなんて考えた事もなかった。
そうか。
今の私は、以前のように蒼君の一番近くに居ない。
だから、蒼君は他の女の子に、盗られたのだろうか…。