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「きっと彼女、俺の覚悟の無さに気付いて、ガッカリしたんだろうね。
それに、俺も後を追って死ぬ事もなく、こうやってずっと生きてて。
自分でも、彼女に対する気持ちはそんなものだったのか、って、ガッカリした」
なんだか、聞いていて、私は何も言葉を返せない。
実際、本当の所は、一枝さんにしか分からない。
どれだけ、一枝さんがその彼女を愛していたのか。
「俺、父親がそうやってヤクザの組長とかだから、そんな俺と関わって大切な女の子を危険にさらしたら嫌だとか思って、子供の時からずっと誰かを好きにならないようにしてたのにな」
「なのに、好きになっちゃったんですね?」
「そう。
で、いざ、そうやって恋愛して…。
結末は最悪で…。
だから俺は、愛されるより、ただ愛したいだけなんだよね。
愛されるより、愛する方が楽なんだって知ってしまったから」
一枝さんのそれは、もう二度と誰かに強く愛されたくない、と聞こえる。
「朱君…いや、蒼君だっけ?
彼は、どうだろうね?
紫織ちゃんに、愛されたいのか、愛されたくないのか?」
突然、話題が蒼君の事になり、さらに鼓動が強くなる。
この人に握られている手も、震えている。
「朱君と俺は、話したように、
凄く友達ってわけじゃないけど。
ただ、あの日紫織ちゃんが目の前に現れて、あれ程動揺するなんて。
俺の知ってる、彼らしくなくて」
この人が、次に何て話すのか、それを待つように、閉ざした唇に力を込めた。
「俺もふうちゃんと一緒で、他人のものが、ちょっと欲しくなっちゃって」
そう言って、握っている私の手を引き寄せ、人差し指にキスをされた。
この人が私に興味を持ったのは、友人の上杉朱と、私が何かあるから。
「俺にご褒美くれたら、って約束だったから。
朱君の携帯の番号と、自宅の住所、どちらがいい?」
そういえば、私の伝言を朱君に伝えて貰う事の交換条件で、この人と寝たけど。
「伝言とかじゃなく、紫織ちゃんが直接朱君に言えばいいよ」
「なら、蒼君の自宅の住所を…」
そう言うと、やっぱりそっちだよね、と、一枝さんは笑った。