trade
「最初は、朱と偶然再会しないか、とか期待してたんだけど。
そんな偶然なくて。
なんだか、朱に会いたい気持ちが抑え切れなくて、俺。
上杉製菓に行って、あいつの養父の社長に、朱と会いたいとお願いした」


「そう。
それで、朱さんと会えたの?」


「ああ。
朱と会えた。
社長に渡していた俺の携帯番号に、朱から連絡有って。
朱と12年振りに話せた時、嬉しくて、泣いていた」


「そう…」


それなのに、なんで、蒼君がそんな上杉朱を殺したとかになるの?



「そこから、度々朱と会ってて。
それは、いつも夜で、個室の店や、人目のあまりないような場所に呼び出されて。

5度目の時、あの時もそうやって会って、
朱の車で山道をドライブしていた。
そして、車を停めて切り出された。
もう、会いたくない、って」


「会いたくないって、急になんで?」


「いや、急にじゃなかった。
初めから、そうだったんだ。
初めから、ずっと俺にそう言おうと、朱は」


その時の気持ちを表すように、蒼君の声は震えている。


「あの会社では、朱は、父親側の親戚の子を養子にした事になっていて。
上杉製菓は同族会社だから、父親の身内が沢山働いていて、それが嘘なのを知ってる奴は知ってる。
けど、殆どの社員が、それを知らない。
だから、朱にそっくりな、上杉の家とは赤の他人の俺が周りをうろつかれると迷惑なのだと言われた。
ゆくゆく、自分は上杉製菓に入社し、父親の後を継ぐから、と」


「そんな…」


「そう言われて、ふと見た朱の顔が、俺を蔑んでいた。
朱は高そうな服を着ていて、俺は安ものの、何年も着ているようなシャツで。
目の前のコイツは、鏡を見るように本当に俺にそっくりなのに。
上杉の家にたまたまコイツが選ばれて貰われていったけど、
別に、それは俺でも良かったはず。
俺だって…」


そう苦しそうに、言葉を吐き出すと、
蒼君は、言った。



「だから、朱を殺した。
運転席に座る朱の首を、無我夢中で絞めていた。
気付いたら、もう朱は動かなくて」


アハハ、と思い出すように笑っているけど、なんだか、目が泣きそうで。

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