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「俺は、上杉朱で。
お前が好きだった、武田蒼じゃ、もうないんだよ。
今の俺には婚約者が居る」


「うん。
取引先のご令嬢だっけ?」


以前、車の中で蒼君が言っていた。

あの時、その婚約者から、電話があって。


「俺のその婚約者、未希と同い年で。
去年から、ロサンゼルスに留学してんだけど。
本当、生まれながらにお嬢様って感じで。
頭も良けりゃあ容姿も良くて。
本当に、非の打ち所もないような女で。
その上、俺と付き合う迄、誰とも付き合った事なくて。
そんな女の処女奪った時、なんとも言えないくらい快感だったな」


ククク、と口元を歪めて笑っている。


「蒼君は、その女(ひと)の事、好きなの?」


「そりゃあ、親が殺人犯で身寄りもなくて、水商売で男に媚売って金貰ってるお前なんかより、ずっと好きだよ」



私の父親は、人殺し…。


何度も、色々な人に言われ非難されたけど。


今までで一番、その事に傷付いた。



「未希、俺とお前では、もう住む世界が違うんだよ」


そう、見下すように私を見る、蒼君。


私の知ってる蒼君は、そんな事を言う人じゃなかったな。


「今思うと、あの頃は俺も若かったから、身近で手頃にヤれるお前に、興味持っただけだろうな。
あの小汚ない倉庫とかで、毎日のようにお前とヤッてたよな?
今思うと、本当に若かった」



私の中で、その当時の事は綺麗な思い出として残っているけど。


この人にとっては、そうではないんだな。


私は蒼君が大好きだったから、そうやって抱かれていて、いつも幸せだと思っていた。


私も蒼君も、お互い初めての相手で。


「本当、俺の前から消えろよ、お前」


その言葉と同時に、私は体を起こすと、
鞄を持ち、蒼君から逃げるようにこの部屋から出た。


泣くと涙が止まらなくなりそうなので、奥歯を噛み締めてそれに耐えた。

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