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愛人
それから10日が過ぎ、少しずつ、また蒼君の事を考えないようになっていた。
一度は、突然居なくなった蒼君を、そうやって忘れようと生きて来た。
今度こそは、もう完全に蒼君の事なんか、吹っ切ってしまおう。
蒼君に対するこの気持ちも、完全に無くしてしまおう。
今日、夜の方の仕事に出ていた。
ラストのお客さんを見送り、私はスタッフルームへと行く。
扉をノックし、返事がしたので開くと。
「紫織さん?
どうされました?」
佐伯店長は、座っていたソファーから立ち上がった。
その佐伯店長の向かいに、永倉さんの姿が目に入った。
私を見ながら、特に表情を変える事なく、煙草の煙を吐いている。
嫌味なくらい長い足を、テーブルの上に置いている。
「佐伯店長。
私、昼の仕事を辞めたんです。
なので、来週からフルでシフトに入りたいんです」
蒼君にああやって傷付けられ、
週明けの月曜日、私は会社に辞表を出した。
先週は引き継ぎ等で、普通に出勤したけど。
今週からは、有給を消化している状況。
「上杉製菓の御曹司とダメだったか?」
そう言ったのは、佐伯店長ではなく、永倉さん。
一枝さんから、私が蒼君と会う事を、聞いたのだろうか?
「―――とにかく、お金が欲しいんです」
たくさんのお金が有れば、もう余計な事を考えなくて済むのではないだろうか、と思った。
一人で寂しいとか、蒼君に愛されたいとか、誰かを愛し愛されたいとかの、雑念。
その寂しい気持ちを埋める為に、お金が欲しい。
「紫織さんがフルで入ってくれるのは、うちとしては歓迎ですよ」
そう言う佐伯店長とは違い、
永倉さんは、私の心の中を見透かすように笑っている。
今の私は、とにかく逃げたいのだと思う。
未希じゃなく、紫織に。
未希である私は、殺人犯の娘で、
そんな私の唯一の光のような存在の蒼君に、あれ程拒絶されて。
もう、私は私で居たくない。
お金が欲しいのは本当だけど、
それ以上に、本当の自分ではない誰かになりたい。
一度は、突然居なくなった蒼君を、そうやって忘れようと生きて来た。
今度こそは、もう完全に蒼君の事なんか、吹っ切ってしまおう。
蒼君に対するこの気持ちも、完全に無くしてしまおう。
今日、夜の方の仕事に出ていた。
ラストのお客さんを見送り、私はスタッフルームへと行く。
扉をノックし、返事がしたので開くと。
「紫織さん?
どうされました?」
佐伯店長は、座っていたソファーから立ち上がった。
その佐伯店長の向かいに、永倉さんの姿が目に入った。
私を見ながら、特に表情を変える事なく、煙草の煙を吐いている。
嫌味なくらい長い足を、テーブルの上に置いている。
「佐伯店長。
私、昼の仕事を辞めたんです。
なので、来週からフルでシフトに入りたいんです」
蒼君にああやって傷付けられ、
週明けの月曜日、私は会社に辞表を出した。
先週は引き継ぎ等で、普通に出勤したけど。
今週からは、有給を消化している状況。
「上杉製菓の御曹司とダメだったか?」
そう言ったのは、佐伯店長ではなく、永倉さん。
一枝さんから、私が蒼君と会う事を、聞いたのだろうか?
「―――とにかく、お金が欲しいんです」
たくさんのお金が有れば、もう余計な事を考えなくて済むのではないだろうか、と思った。
一人で寂しいとか、蒼君に愛されたいとか、誰かを愛し愛されたいとかの、雑念。
その寂しい気持ちを埋める為に、お金が欲しい。
「紫織さんがフルで入ってくれるのは、うちとしては歓迎ですよ」
そう言う佐伯店長とは違い、
永倉さんは、私の心の中を見透かすように笑っている。
今の私は、とにかく逃げたいのだと思う。
未希じゃなく、紫織に。
未希である私は、殺人犯の娘で、
そんな私の唯一の光のような存在の蒼君に、あれ程拒絶されて。
もう、私は私で居たくない。
お金が欲しいのは本当だけど、
それ以上に、本当の自分ではない誰かになりたい。